- 期間
- 2026年6月2日〜7月2日(営業の担当者から分析データの要求を聞いた日から、客先の受理の連絡まで)
- 対象
- 客先1社に納めている印刷つきの樹脂成形品1品番。原材料は樹脂・着色マスターバッチ・印刷インキの3つで、含有の回答は4年間、配合計算だけを根拠にしていた
- 体制
- 品質保証の管理職である私と、営業の担当者1人。試験機関1社に蛍光X線と精密分析を依頼
- 結論
- 配合計算は投入した原材料しか説明できず、印刷インキの層は計算の外にあった。均質材料2つを実測し、根拠の区分を分けた1枚で受理された
「分析データを出せと言われました」
営業の担当者が、受話器を置いたあとに私の席まで来て、そう言った。6月2日の火曜、昼休みが終わったころだった。客先の購買の担当者から、うちが納めている印刷つきの樹脂成形品1品番について、特定物質の分析データを月末までに出してほしいという電話だったという。営業の担当者は「非含有証明なら4月に出しましたよね」と続けた。出している。ただ、その紙の根拠が何だったかを思い出して、私は少し黙った。
根拠は配合計算だった。
4年間、配合計算で答えてきた
配合計算というのは、原材料ごとの成分表から、製品に含まれる対象物質の量を計算で出す方法だ。この品番の原材料は3つある。樹脂、着色のマスターバッチ、それに表面へ1色だけ刷る印刷インキ。原材料のメーカー3社から成分表と非含有の宣言書を毎年集め、配合比率を掛けて、対象物質はいずれも閾値未満と書いた紙を客先に出す。私がこの品番の含有回答を前任者から引き継いで4年、回答はずっとこの形で、客先から差し戻されたことは1度もなかった。
つまり、測ったことは1度もない。
前任者から引き継いだのは、配合計算のExcelが1つと、原材料のメーカー3社の連絡先だった。Excelの計算式は前任者が組んだもので、私は毎年、成分表の数字を書き換えるだけで済ませていた。分母のセルに何が入っているかを、この4年で1度も見ていない。
営業の担当者に、客先が実測を求める理由を聞いてもらった。答えは翌日の6月3日に返ってきた。客先の調達基準書が春に第5版へ改訂され、配合計算だけの回答は年内の経過措置に入ったのだという。第5版の調達基準書は客先の取引先向けのサイトに載っていて、営業の担当者のIDで開けた。私はそれまで、この基準書を自分で開いたことがなかった。回答様式だけを毎年もらい、様式の欄を埋めていた。
基準書は32ページあった。分析データについて書いてあるのは、そのうち1ページ半。求めているのは製品全体の分析ではなく、均質材料ごとの分析データ、またはそれに代わる根拠資料だった。均質材料という言葉は、毎年埋めていた様式の欄の見出しにも入っていた。入っていたのに、私は4年間、部品1個の重さを分母にして計算していた。
付属書IIの1ページを開いた
均質材料の定義がどこから来ているのかを、自分で確かめたかった。基準書の冒頭に、欧州のRoHS指令に準拠すると書いてある。6月4日の木曜の夜、私はまずRoHSを日本語で検索した。出てくるのは解説のページばかりで、どれも均質材料ごとに0.1%と書いてあるが、原文のどこに書いてあるかは載っていない。1時間ほど遠回りをして、欧州連合の法令サイトにたどり着いた。
指令は2011/65/EUで、英語で読んだ。閾値が載っている付属書IIは、拍子抜けするほど短い。鉛、水銀、六価クロム、2種類の臭素系難燃剤が均質材料の重量比で0.1%、カドミウムだけが0.01%。この1ページに、私が4年間書いてきた数字の元があった。後から加わったフタル酸エステル4種は、客先の基準書のほうの表に載っていて、合わせて10物質。
均質材料の定義は本文の第3条にあった。ねじを外す、切る、砕く、削るといった機械的な方法で別の材料に分けられないものが1つの均質材料、という趣旨の定義で、読んで最初に思い浮かべたのは、うちの成形品の表面に刷ってある1色の印刷だった。
成形品本体は、樹脂とマスターバッチを溶かして混ぜたものなので1つの均質材料になる。印刷インキの層は、削れば本体から分けられる。別の均質材料だ。私の配合計算は、インキの成分を部品1個の重さ12.4gで割っていた。インキ層だけの重さは、後で量ると1個あたり0.03g。分母が400倍以上違う。
もう1つ分かったのは、指令そのものには、分析の方法も頻度も書いていないことだった。どう証明するかは、指令ではなく客先の基準書が決めている。4年間、私が「RoHSで決まっているから」と思い込んでいたことのうち、指令に書いてあるのは物質と閾値と均質材料の定義だけで、分析データを出せというのは客先の要求だった。
ノートに、読み違いを3つ書いた。分母が部品全体になっている。分析の要否は指令が決めていると思い込んでいた。非検出と閾値未満を、同じ意味で使っていたこと。3つとも、様式を埋めるだけでは気づけなかった。

インキ層には計算の元が無かった
6月5日の金曜、分母を直して計算をやり直そうとして、手が止まった。インキのメーカーから毎年もらっている成分表は、顔料の欄が企業秘密になっていて、成分の比率が書いていない。付いているのは、対象10物質を含有していないという宣言書だけだ。樹脂とマスターバッチの2社は成分の比率まで開示してくれているので計算できるが、インキ層は、そもそも計算ができない。
4年間の配合計算は、インキについては計算ではなく、メーカーの宣言書をそのまま信じていただけだった。部品全体で割っていたので、計算できない0.03gは、12.4gの中に埋もれて見えなかった。
私は3つの原材料を、根拠の種類で分け直した。樹脂とマスターバッチは配合計算あり。インキは配合計算なし、宣言書のみ。実測は3つとも無し。表にすると、4年間の紙が何の上に立っていたかが、そのまま見える表になった。

営業の担当者にこの表を見せると、「インキだけ測ればいいんですか」と聞かれた。私もそう思いかけたが、成形品本体のほうも、配合計算はあっても測ったことは無い。客先が求めているのは均質材料ごとの分析データなので、2つとも測ることにした。月末まで、あと3週間と少し。
削り粉を1時間で集めた
6月8日の月曜、試験機関に電話をかけた。以前に別件で異物の同定を頼んだことのある1社で、含有分析も受けている。試験機関の担当者に、成形品本体とインキ層の2つの均質材料について10物質を見たいと伝えると、担当者は、全部を精密分析にかける前に蛍光X線で一次スクリーニングをする形を勧めてきた。蛍光X線は元素しか見えないので、六価クロムと臭素系難燃剤とフタル酸エステルは直接は分からない。ただ、クロムと臭素の元素が出なければ、そこで止められる。出た物質だけを精密分析に回す。費用は2検体の蛍光X線で見積もり5万円を切り、精密分析は出た物質の数で決まる。
見積もりは上司に口頭で通した。上司が聞いたのは「4年間出していた紙は、どうなるんだ」の1つで、私は、閾値未満という結論が変わるかどうかは測ってみないと分からない、と答えた。答えながら、自分で少し嫌な気持ちになった。
インキ層の検体をどう作るかで、少し相談した。1個あたり0.03gでは足りないので、成形品30個の印刷面をカッターで削って集めることになった。私が自分で削った。検査室の机に白い紙を敷いて、1個あたり2分、30個で1時間。削り粉は1gに届かなかったが、蛍光X線には足りると担当者は言った。紙の上の粉は、成形品の色よりずっと濃い青だった。
蛍光X線で2つ、精密分析で1つ
6月10日の水曜に検体を送り、結果が来たのは6月17日の水曜。成形品本体は、鉛、水銀、カドミウム、クロム、臭素のいずれも検出下限未満。インキ層は、クロムだけが出た。数値は総クロムで410ppm。
受話器を持ったまま、私は「410」と復唱した。
総クロムが出ても、それが六価クロムかどうかは蛍光X線では分からない。青い顔料には三価のクロムを使うものがあるので、六価とは限らない。試験機関の担当者の説明はそういうものだった。分からないものを閾値未満と書くわけにはいかないので、インキ層の六価クロムだけ精密分析に回した。6月19日の金曜に依頼し、結果は6月26日の金曜。六価クロムは検出下限未満だった。
410ppmは、閾値の0.1%を重量比に直した1,000ppmの半分以下で、しかも六価ではない。数字だけ見れば何の問題も無い。それでも私がこの数字を忘れられないのは、配合計算からは一生出てこない数字だったからだ。インキのメーカーの宣言書は10物質を含有していないと書いていて、それは六価クロムについては正しかった。ただ、クロムという元素がインキの中にあることは、宣言書のどこにも書いていなかった。

出した1枚と、書かなかったこと
6月29日の月曜、客先へ出したのはA4で1枚。上半分に均質材料2つの分析結果と、試験機関の報告書番号と試験日。下半分に3つの原材料の根拠の区分。実測で確認済み、配合計算のみ、宣言書のみの3区分に分けて、どれがどれかをそのまま書いた。インキ層の総クロム410ppmも、六価クロムの結果と並べて隠さずに書いた。

書かなかったことが1つある。成形ラインで使っている離型剤だ。配合計算の対象にしたことは1度もなく、今回の実測にも入っていない。成形品本体の蛍光X線が全部検出下限未満だったので、離型剤からの持ち込みがあったとしても検出下限より下ということになるが、それは結果からの推定で、離型剤そのものを測ったわけではない。1枚には書かず、私のノートに次の宿題として残した。書くべきだったのか、今も決めかねている。
営業の担当者から、7月2日の木曜に受理の連絡があった。購買の担当者からの質問は1つだけで、「インキの総クロムは次回も出ますか」というものだった。顔料が変わらなければ出る、と答えた。
この客先に納めている品番は、これを含めて6品番ある。残りの5品番のうち、同じインキで刷っているものが2つ、印刷の無いものが3つ。台帳は6品番ぶんを3区分で作り直したが、実測の欄が埋まっているのは、まだこの1品番だけだ。

4年間の配合計算をやめたわけではない。設計としてこの物質は入れていない、という説明は計算のほうが強い。ただ、計算は私が投入したと知っている原材料しか説明できない。インキ層のように計算の元が無いものや、離型剤のように投入したつもりの無いものは、計算の外に立っている。分析データは、計算の答え合わせではなく、計算が見ていない場所を見るための道具だった。今回の1品番について言えば、410ppmという数字は計算からは出てこなかった。
ノートの3つの読み違いの下に、4つ目を足した。計算できない材料を、計算した材料と同じ紙に並べていたこと。
受理の連絡を受けたあとで開いたものづくりハンドブックのTS33 非含有の実測分析を求められたときの備え方は、品番ごとに3区分の台帳を作るところから始まる。実測データあり、配合計算のみ、未確認。私が6月29日の1枚に書いた区分と、ほぼ同じ形だ。違うのは、同一ラインの他の薬剤からの持ち込みを最初から疑う項目に入れていること。私の離型剤の宿題は、そこに先に書いてあった。
参考書籍(PR)
前田裕二『メモの魔力』には、起きた事実を書き、そこから言えることを抜き出し、別の場面へ転用する、という3段の書き方がある。ノートに読み違いを3つ書いた夜に本棚から出して、自分のノートがどの段で止まっているかを見た。3行は事実の段で止まっていて、あとから足した4つ目が、ようやく抜き出しの段だった。分析データを計算の外を見る道具だと言えるようになったのは、この本の順番でノートを読み直したあとだ。
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免責: 本記事は筆者個人の経験に基づく記録です。含有分析の要否・方法・閾値の適用は、依頼元の基準書と対象となる規制の最新版によって異なり、本文の読み方は自社の1品番について筆者が確かめた範囲のものです。回答にあたっては、依頼元への確認と原典に沿ってご判断ください。