客先に求められた試験がどこでもできないと分かってから、代わりの評価を決めた2週間の迷い

期間
2026年5月13日〜7月10日(納入仕様書の改訂版が届いた日から、代わりの評価の成績を客先へ送るまで)
対象
屋外に置かれる機器向けの塗装した金属部品1品目。客先の規格で定めた複合サイクル試験が、自社でも外部の試験機関でも期限内に受けられなかった
体制
品質保証の管理職である私と、技術の担当者1人、営業の担当者1人。客先とのやり取りは営業の担当者を通し、提案の電話だけ私がかけた
結論
試験の方法ではなく目的に答える代わりの評価を、確認できないことを書いた1枚と一緒に出して、客先は今回限りの条件で受け入れた。本試験の結果はまだ無い。

A4の紙が3枚、ホチキスで留めてある。1枚目の右上に「第4版」の判、その横に鉛筆で小さく「5/13受」の書き込み。3枚目の下のほうに、前の版には無かった行が1つ増えていて、そこだけ蛍光ペンの黄色。複合サイクル試験。塩水噴霧8時間と乾燥16時間を1サイクルとして30サイクル、10サイクルごとに氷点下30度と80度の熱衝撃を1時間ずつ挟む、と書いてある。試験の名前の後ろに付いているのは、客先の社内規格の番号だけだ。

2026年5月13日の水曜、この3枚が私の机に置かれた。屋外に置かれる機器の塗装した金属部品で、7月1日の出荷分からこの第4版が適用になる。試験の成績は7月末までに出してほしい、というのが営業の担当者が客先から聞いてきた話だった。

目次

仕様書の改訂版が届いた日

うちには塩水噴霧の試験機がある。中性塩水噴霧の規格試験なら社内で回せて、この客先にも3年前から成績を出している。無いのは熱衝撃の装置で、恒温槽はあるが、氷点下20度から100度までの1台だけだ。氷点下30度には届かない。

午後、技術の担当者に3枚目を見せた。「熱衝撃だけ外に出して、塩水噴霧はうちで、という手はどうですか」。同じ試験片を10サイクルごとに外へ運んで、戻して、また噴霧槽へ入れる。運ぶ日数のあいだ試験片は乾いたままで、規格に書いてあるサイクルの形にならない。技術の担当者もそれは分かっていて、「聞くだけ聞いてみましょう」で終わった。

電話をかけ始めたのは、その翌日の朝からだった。

自社でも外注でも、と分かるまで

5月14日の木曜から20日の水曜までに、外部の試験機関3社に問い合わせた。1社目は塩水噴霧も熱衝撃も単独では受けるが、同じ試験片を2つの装置のあいだで往復させる複合は、装置の予定が組めないので受けない、という返事だった。2社目は、受託しているのは規格番号で指定できる試験だけで、客先の社内規格は読めないので見積もりができない、と言われた。3社目は複合も受ける。ただ装置の空きが9月の最終週からで、30サイクルを回すと結果は11月になる。

3社目の返事を聞いたのが5月20日の夕方で、そこで初めて、期限の7月末にはどこでもできないのだと分かった。自社では装置が無く、1社目と2社目では方法が無く、3社目では時間が無い。できない理由が3社で全部違っていたのが、意外だった。

営業の担当者には、その日のうちに「7月末には出せません」とは言わなかった。言えば客先へそのまま伝わり、伝わった先で何が起きるかを、私はまだ考えていなかった。

客先が求めた複合サイクル試験の条件と、自社と外部の試験機関3社がそれぞれ実施できない理由を並べた表
求められた試験と、できない理由の切り分け ※筆者の運用記録(対象:客先1社の複合サイクル試験の要求と自社・試験機関3社の可否・期間:2026年5月13日〜5月20日)

考え始めたのは、翌日の5月21日になってからだ。

選択肢4つと、動かせない期限

21日の木曜、机で選べる道を4つ書いた。1つ目は「できません」とだけ回答し、試験は客先の側で実施してもらう。2つ目は3社目に9月末で予約を入れ、客先に期限の延長を頼む。3つ目は、塩水噴霧の30サイクルはうちの試験機で回し、熱衝撃はうちの恒温槽で氷点下20度と80度に置き換えて挟む。氷点下30度には届かないので、その差を紙に書いて出す。4つ目は、塩水噴霧の30サイクルだけを回して、熱衝撃を挟まずに成績を出す。

制約は3つあった。期限の7月末は客先の生産計画に紐づいていて、こちらから動かす手が無い。30サイクルは30日かかり、評価と報告の日数を足すと、うちで回すなら6月8日の週には始めておきたい。もう1つ、3社目の本試験は9月末に始めても結果は11月で、本試験そのもので7月末に間に合う案は無い。

4つ目の案は、書いた時点で自分でも気に入らなかった。熱衝撃を省いたことを書かずに出せば通る可能性はあるが、試験をしていないことを隠す形になる。線を引いて消すまでに数分あった。その数分を、ここには残しておく。

5月21日に書いた選択肢4つと、動かせない制約3つを上下に並べた表
選択肢4つと、動かせない制約3つ ※筆者の運用記録(対象:5月21日に書いた選択肢と制約・期間:2026年5月21日)

基準の順番を先に決めた

5月22日の金曜に、案を比べる前に基準を4つ、順番をつけて書いた。1番目は、客先がこの試験で確かめたい事に答えていること。2番目は、7月末に間に合うかどうかで、3番目は、確認できないことを紙に書いて出せるかどうかだ。4番目が費用で、3社目の見積もりは本試験1回で20万円台の後半だった。

1番目を上に置いたのは、私が客先の規格の番号しか知らず、その試験で何を確かめたいのかを知らなかったからだ。塗膜が塩で剥がれないことなのか、温度差で浮かないことなのか、その両方が重なったときなのかが、3枚目の紙には書いていない。

3番目を費用より上に置いたのは、3年前に別の客先で、代替の測定で出した成績を「同等」と書いて出して、後から測定の範囲が違うと指摘された経験があるからだ。あのとき書かなかった1行を、今回は先に書く。

4つの案に4つの基準を当てた。1つ目の「できません」は、1番目で落ちた。答えていない。2つ目の延長は、2番目で落ちる。3つ目の置き換えは、1番目が「たぶん」で、2番目と3番目は通り、4番目は社内の工数だけで済む。4つ目は3番目で落ちた。

残ったのは3つ目で、ただし1番目の「たぶん」が消えていない。その「たぶん」を確かめる方法は、客先に聞くことしか無かった。

順番をつけた基準4つの列に選択肢4つを当て、どの基準で落ちたかと残った③を示した表
順番をつけた基準4つに、4つの案を当てた結果 ※筆者の運用記録(対象:5月22日の案と基準の評価・期間:2026年5月22日)

客先に聞いた1つの質問

5月28日の木曜、営業の担当者に同席してもらって、私から客先の品質の担当者に電話をかけた。質問は1つだけで、「この試験で確かめたいのは、何が起きないことですか」と聞いた。

返事はすぐに来た。去年の冬に、別の仕入先の塗装部品で、塩害のある地域の設置先で塗膜が浮いた事例が1件あった。原因は、塩が付いたまま凍結と融解を繰り返した時の密着の低下だった。それを再現する試験として、客先の技術部門が社内規格に第4版で足した、という経緯だ。確かめたいのは、塩と温度差が重なったときに塗膜が浮かないこと。氷点下30度という数字は、設置先の冬の最低気温から取ったと聞いた。

この答えで、1番目の「たぶん」の中身が分かった。塩と温度差の重なりは、うちの置き換えでも作れる。作れないのは氷点下30度で、うちの恒温槽は氷点下20度が下限だ。氷点下20度と氷点下30度の差で塗膜の密着がどれだけ変わるかは、私には言えない。言えないことを、そのまま紙に書くことにした。

3社目の本試験を9月末に予約し、結果を11月に追加で出すことも伝えた。品質の担当者は「先にそちらの評価を見せてください」と言い、翌日の29日に、私はA4を1枚だけ送った。

出した紙と、まだ無い結果

1枚の上半分は、うちで実施する評価の手順で、塩水噴霧8時間と乾燥16時間の30サイクル、10サイクルごとに氷点下20度と80度を1時間ずつ、試験片は3枚。下半分は2段に分けて、上の段に「この評価で確認できること」として、塩と温度差の重なりで塗膜が浮くかどうか、を書いた。下の段に「確認できないこと」として、氷点下30度の条件での密着、それと、この評価が客先の規格の試験と同じ結果を出すかどうか、の2つを書いた。

6月5日の金曜、営業の担当者を通して返事が来た。受け入れる、ただし条件が2つ。今回の評価は今回限りで、第4版の試験に代わる恒久の基準にはしないこと。本試験の成績を、出たら追加で提出すること。どちらも、こちらが紙に書いたことの裏返しだった。

試験は6月8日の月曜に始め、7月7日の火曜に30サイクルが終わった。3枚の試験片に塗膜の浮きは無い。7月8日に評価をまとめ、7月10日の金曜に成績を送って、7月末の期限には間に合った。

3社目の本試験は、9月28日の月曜に始まる予定で、この記事を書いている時点では始まっていない。氷点下30度で同じ結果になるかどうかは、11月まで分からない。うちの置き換えが正しかったかどうかも、答えは11月まで持ち越しだ。言えるのは、5月20日の夕方に「どこでもできない」と分かってから、「できません」を言わずに済んだ道が1本あった、というところまでだ。

もう1つ残っているのは、費用の欄だ。4番目に置いた20万円台の後半は、本試験を予約した時点で発生が決まっている。順番を4番目にしたことは今も変えないが、4番目でも消えはしないことは、請求書が届く前に経理へ言っておいた。

5月29日に客先へ出したA4 1枚の中身と、6月5日に返ってきた条件2つ、実施結果を左右に並べた前後比較
客先へ出した1枚と、返ってきた条件2つ ※筆者の運用記録(対象:客先1社への代替評価の提案と返答・期間:2026年5月29日〜7月10日)

ものづくりハンドブックのTS32 要求された試験が自社でも外注でも実施できないときの対応の初動の1行目を、私は5月28日の電話をかける前の日に読んだ。要求された試験の目的を、方法そのものより先に確認する、とある。私が基準の1番目に置いたのと同じことが書いてあって、ただ私は、それを決めてから1週間たって、ようやく客先に聞いた。順番は合っていて、速さが足りなかった。

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『問題解決』(高田貴久・岩澤智之)を本棚から出したのは、基準の順番を決めた5月22日の夜だ。何を解くのかを決めないまま打ち手を並べても、選ぶ基準はそこから出てこない、という話が最初のほうにある。私が3社に電話をかけていた1週間は、打ち手を探していただけで、客先が何を確かめたいのかという問いを立てていなかった。基準を4つ書いた紙に「たぶん」が1つ残ったのは、順番どおりの結果だった。

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免責: 本記事は筆者個人の経験に基づく記録です。試験の代替や条件の置き換えは、製品と客先の要求によって可否が変わります。数値と期間は自社の記録から書いた値であり、実際の対応は客先との合意と自社の技術部門の確認のもとでご判断ください。

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この記事を書いた人

製造メーカーに10年以上。検査員から始めて生産技術・品質保証・品質管理・新規事業開発を経験し、いまは管理職。若手のころの失敗も含めて、現場で見たこと、試したことを書いています。座右の銘は「ピンチはチャンス」

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