- 期間
- 2026年4月6日〜9月4日(設問を決めた日から、配布・集計・掲示を経て、改善計画3件の途中経過を確かめるまで)
- 対象
- 年1回の品質意識アンケート。現場と間接の68人に配る用紙を、記名から匿名へ変えた回
- 体制
- 品質保証の管理職である私と、品質保証の担当者1人。配布と回収は現場の班長3人
- 結論
- 自由記述を書いた人は19人から41人に増え、「気をつけます」型の文は消えた。代わりに、困っている人が誰なのかは用紙から分からなくなった。
私の机の右の引き出しに、輪ゴムで束ねたA4の用紙が61枚入っている。去年の品質意識アンケートの回収分で、いちばん上の1枚は右上の記名欄に丁寧な字で名前が書いてあり、いちばん下の自由記述欄には罫線が3行引いてある。3行のうち埋まっているのは1行目の途中までで、「特にありません」。束をめくると、同じ7文字が何枚も続く。
見取り図を先に1枚
匿名にすると決めたきっかけは、去年の集計表を見た上司の一言だった。「これ、誰も本当のことを書いてないだろう」。反論できなかった。61枚のうち自由記述があるのは19枚で、そのうち11枚が「特にありません」。記名欄がある限り、同じ束が来年も引き出しに増えるだけだと私も思っていた。
4月6日の月曜、品質保証の担当者と2人で、今年の進め方を1枚に書いた。変えるのは記名を匿名にする、この1点だけ。設問は去年と同じ12問に自由記述欄を1つ、5段階の選択式もそのまま。変える点を1つに絞ったのは、去年と並べて見るためで、設問まで変えると何が効いたのか分からなくなる。
日程は、4月20日までに用紙を確定、5月11日から15日に配布と回収、6月中旬までに集計、7月上旬に現場へ掲示、9月上旬に改善計画の途中経過を確かめる。ここまでで5か月。去年は集計で止まって掲示までいかなかったので、掲示の日付を先に決めた。
この1枚を担当者の机の脇に貼って、4月が始まった。用紙を刷り直すことになるとは、このときは思っていなかった。

4月 設問は変えないと決めた
担当者は設問も直したがった。12問のうち3問は去年の集計で全員が「4」か「5」を付けていて、聞く意味が薄い。私もそう思う。ただ、比べる相手を残す方を取った。「意味の薄い3問は来年落とす」と1枚の見取り図の隅に書き足して、今年は触らないことにした。
匿名の担保として決めたのは3つ。記名欄を消す。回収は休憩室の箱に本人が入れる。集計は担当者と私の2人だけが見る。部署欄は残した。部署ごとの傾向は見たかったからで、ここが後で引っかかる。
用紙は4月20日に確定して68枚刷った。翌週から班長3人に配布の段取りを頼んで回り、5月に入る。部署欄の話が出てくるのは、配り始めた日の昼だった。
5月 部署欄で刷り直した
5月11日の月曜に配り始めて、その日の昼に班長の1人が用紙を持って私の席に来た。「部署を書いたら、うちは3人しかいないから誰か分かりますよ」。言われてみればそのとおりで、間接部門には2人や3人の部署がある。匿名と書いておいて部署で絞れるのでは、去年と変わらない。
翌12日、部署欄を「現場」「間接」の2択に変えた用紙を68枚刷り直し、配り終えていた22枚も回収して差し替えた。刷り直しの用紙代は数百円で、手間の方が大きかった。
担当者は「最初から2択にしておけば」と言い、私は返す言葉がなかった。
配り直しのとき、別の班長から「今年は名前なしなんですね」と念を押された。去年まで、用紙は班長が集めて私に渡す形だったので、班長の目にも触れていた。今年は本人が箱に入れるので、班長も中身を見ない。そのことを朝礼で班長自身の口から言ってもらったのは、私が説明するより効いたと思っている。
回収は15日の金曜まで。箱を開けると58枚で、去年の61枚より3枚少ない。誰が出していないかは分からないし、分からなくていいと決めたのが今年だった。
集計を始めて、去年と並べた最初の数字がこれまでと違っていた。
6月 並べて見えた3つの数字
自由記述を書いた人は、去年が61枚のうち19枚、今年が58枚のうち41枚。1枚あたりの行数は、去年が平均1.4行、今年が3.2行で、罫線の3行を超えて余白に続けた用紙が今年は7枚あった。選択式12問の平均は、去年が5点満点で3.4、今年が3.3。
選択式はほとんど動かず、自由記述だけが動いた。
書かれ方を分けてみた。去年の19枚は、「特にありません」が11枚、「気をつけます」「頑張ります」の決意型が5枚、具体的な指摘が3枚。今年の41枚は、具体的な指摘が29枚、提案が6枚、「特にない」が4枚、不満だけで中身が読めないものが2枚。決意型は0枚だった。
消えたのは、読み手を意識した文だった。去年の「気をつけます」は、名前を書く用紙で上司が読むと分かっているから出てくる文で、匿名にしたら1枚もなくなった。
増えたのは主語のない文だった。「検査結果が夜勤に伝わらない」「限度見本が遠い」「手順書の版が2つある」。去年の具体的な指摘3枚は「私は〜と思います」で始まっていたが、今年の29枚のうち主語があるのは4枚だけ。書き手が自分を消して、困りごとだけを置いていった形になっている。
不満だけの2枚は、担当者が「これは載せられませんね」と先に言った。1枚は特定の人の仕事ぶりへの文句で、もう1枚は会社への文句だった。読んでいて気持ちのいいものではなかったが、去年の束にはこの種類の紙が1枚もない。書けるようになったこと自体は、匿名にした結果として受け取ることにした。
具体的な指摘29枚の中身は、手順や設備に関するものが17枚、人や部署のあいだのことが12枚。12枚のうち4枚は、読めば誰のことか分かる書き方だった。


7月 全文は出さないと決めた
7月6日の月曜に、A3の紙1枚を現場の掲示板に貼った。載せたのは回収枚数と自由記述の枚数、指摘の分類、それと改善計画3件。自由記述の全文は載せていない。当初の見取り図には「主な意見をそのまま掲示」と書いていたが、誰のことか分かる4枚を読んだ時点でやめた。要約に直し、4枚は要約からも外して、私の手元だけに置いた。
改善計画3件は、誰が・いつまでを付けた。夜勤への検査結果の引き継ぎは、引き継ぎノートに検査欄を足す、担当は品質保証の担当者、8月末まで。限度見本の置き場は検査台の横へ移す、担当は班長、7月中。手順書の版の混在は旧版の回収、担当は私、9月末まで。3件とも自由記述の29枚から選び、同じ内容が3枚以上あったものを優先した。
掲示した日の夕方、班長の1人が掲示板の前で立ち止まっているのを見た。限度見本の移設の欄に自分の名前が担当として入っているのを読んで、「7月中って、あと3週間ですよ」と言われた。期限を先に紙に書いたのは私で、その場で「頼みます」としか言えなかった。移設は7月17日に終わった。
掲示の翌週、休憩室の箱に用紙が1枚入っていた。アンケートの期間は終わっているのに、去年の用紙の裏に「掲示、読みました」とだけ書いてあった。
9月 分からなくなったもの
9月4日の金曜に途中経過を確かめると、限度見本の移設と引き継ぎノートの検査欄は終わっていて、旧版の回収だけがまだ途中だった。回収できた旧版は12冊、現場に残っている見込みがあと3冊ほど。版の混在は自由記述で5枚に書かれていて、3件の中では一番多かった項目が、一番遅れている。担当が私だからだと担当者には言われた。
数字だけなら、匿名にした年は去年より良く回った。書く人が2倍以上に増え、決意型が消え、改善計画が3件動いた。そこは断言してよいと思っている。
分からなくなったものもある。「検査結果が夜勤に伝わらない」と書いた人が誰なのか、用紙からは追えない。引き継ぎノートに欄を足したのは、班長3人に順番に聞いて、2人が「うちの夜勤かもしれない」と答えたからで、書いた本人が楽になったかどうかを私は確かめられていない。記名の年なら、その人の席へ行けば済んだ。
来年も匿名で続けるつもりでいる。そのうえで、用紙の最後に「話を聞いてほしい人は名前を書いてもよい」の1行を足すかどうかを、いま担当者と決めかねている。名前を書く欄が1つでもあれば、去年の「気をつけます」が戻ってくる気もする。
引き出しの去年の束の上に、今年の58枚を輪ゴムで重ねた。上の束は、いちばん上の1枚に名前がない。

部署欄で用紙を刷り直した5月の出来事は、ものづくりハンドブックのA17 品質に関する社内アンケート・風土調査の設計と使い方にある「個人が特定されうる自由記述の扱い(そのまま共有しない等)をあらかじめ決めておく」の1行を、私が用紙の側で守れていなかったという話でもある。匿名性の決め方と、結果を出しっぱなしにしないための段取りは、そちらに置いてある。
参考書籍(PR)
宇田川元一『他者と働く』は、主語のない29枚を前にして、書いた人の側に立って読み直すために開いた。困りごとの言葉と、それを受け取る側の言葉がずれているとき、ずれを埋めるのは仕組みではなく対話だという指摘を、班長3人に順番に聞いて回るあいだ思い出していた。
【PR】他者と働く──「わかりあえなさ」から始める組織論 (NewsPicksパブリッシング) [ 宇田川 元一 ]
もう1冊、アービンジャー・インスティチュート『自分の小さな「箱」から脱出する方法』も、相手を「分かっていない人」として扱い始めた瞬間に何が起きるかを扱っていて、あの朝の自分の態度を思い返す材料になった。
【PR】自分の小さな「箱」から脱出する方法 人間関係のパターンを変えれば、うまくいく! [ アービンジャー・インスティチュート ]
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ヒヤリハットの提出が増えない理由を探ってみた話 — 報告書式を17項目から4項目へ削り、匿名で出せる箱を置いて朝礼で共有する形にしたら、月0〜1件で横ばいだった提出が3か月目に8件まで増えた記録。匿名箱の置き方は、今回の回収箱の参考にした。
品質目標を「数字だけ」から「行動」に変えてみた話 — 行動リスト23項目が3週目に着手0件で止まり、5項目に絞って担当と期限を付け直したら、3か月で4項目が終わった記録。改善計画を3件に絞ったのは、この23項目の失敗が先にあったからだ。
免責: 本記事は筆者個人の経験に基づく記録です。アンケートの設計や匿名性の扱いは組織の規模や部署の人数によって変わり、本文の枚数や割合は自社の1回分を数えた値です。実施にあたっては、各社の規程と回答者への説明に沿ってご判断ください。