検査記録を紙から電子に切り替えたら、まるまる1か月だけ二重運用になった話

「今日から検査記録はタブレットと紙、両方つけてください」。6月最初の朝礼で課長がそう言ったとき、検査ラインの数人が小さくため息をついたのが聞こえた。以前からタブレットへの完全移行が決まっていたので、いずれ来る話ではあった。うちの職場では8人の検査員が交代で受入検査を担当していて、記録はずっと紙の検査表一本でやってきた。品証課でその記録の取りまとめを担当しているのが私だ。電子化そのものに反対する人はいなかったが、「両方つける1か月」がこんなに面倒だとは、そのときはまだ誰も分かっていなかった。タブレットは半年前に導入済みで、朝礼や在庫確認では既に使っていた。だから今回も、慣れの延長線でなんとかなるだろうと軽く考えていた。

目次

いつも通りの検査記録

それまでの検査記録は、A4の検査表に手書きで記入し、班長が毎朝まとめて確認印を押す方式だった。1日あたりの検査件数はおよそ40件、記入にかかる時間は1件2分ほどで、これは何年も変わっていない数字だった。紙の検査表は月末に私のところでまとめてファイリングし、1年間保管する。不具合が出たときも、該当の検査表を紙のファイルから探し出せば済んでいたので、誰も特に困っていなかった。強いて言えば、検索性の悪さと保管スペースくらいが不満で、それすらも「まあこんなものか」という空気だった。実際、半年前に過去の不具合傾向を調べようとしたときは、段ボール3箱分のファイルを1件ずつめくる羽目になり、半日がかりになったことがある。あのときは目当ての記録が見つからず、結局は記憶を頼りに担当者へ聞き取りをして補った。それでも「たまにあること」として済ませていた。電子化の話が出た理由も、検索性の改善というより他部署との足並みを揃える意味合いのほうが強かった。

電子化前の検査記録の運用
電子化前の検査記録の運用 ※筆者の運用記録(対象:受入検査・期間:電子化前の通常運用)

電子化初日に起きた誤算

二重運用の1週目、6月3日に最初のヒヤリが起きた。ある検査員が受入部品の外観不良を見つけ、紙の検査表には「不合格」と正しく記入していた。ところがタブレット側への入力を忘れており、その日の夜勤の班長はタブレットの一覧だけを見て出荷判定をしてしまった。幸い、翌朝の紙の照合で不一致に気づき、出荷は寸前で止められた。原因を確認すると、その検査員は「紙に書けば伝わる」という感覚のまま、タブレットを補助的な扱いにしていたと判明した。この1件を含め、1週目だけで紙とタブレットの記載が食い違っていた件数は3件にのぼる。残り2件は出荷判定には関わらない軽微なものだった。ただ、いずれも「入力を忘れた」のではなく「後で入力しようとして忘れた」という同じパターンだ。ヒヤリを起こした検査員に話を聞くと、「紙に書いた時点で自分の仕事は終わった気がしていた」と話していて、悪気があったわけではないのがかえって厄介だと感じた。品証課長からは「今日中に原因をまとめて」と言われたが、その場ではまだ「気をつける」以上の対策を出せずにいた。班長会議でも「もう少し慣れれば落ち着くはず」という楽観的な意見が出ていたが、結果的にこの見立ては外れることになる。

二重運用4週間の経過
二重運用4週間の経過 ※筆者の運用記録(対象:受入検査記録・期間:6月1週目〜4週目)

その場でやった応急処置

この一件を受けて、まず試したのは「その日のうちに紙とタブレットを1件ずつ突き合わせる」という確認作業だった。班長が終業後にペア班1組につき15分ほどかけて照合する運用にしたが、8人分・3班のローテーションを毎日確認するのは思った以上に重く、班長の残業が1日あたり30分ほど増えた。2週目にはこの照合作業自体が滞り始め、照合が翌日に持ち越される日も出てきた。応急処置のつもりが、かえって二重の確認作業を生んでしまったことになる。並行して、班長の1人が個人の判断でチャットアプリのグループを作り、入力し忘れをその場で報告し合う仕組みも試した。最初の3日ほどは機能したが、通知が多すぎて既読が追いつかなくなり、1週間ほどで自然消滅した。2週目の食い違いは2件に減ったものの、根本的な解決にはなっていないと感じていた。照合を担当した班長からは「毎日これをやるくらいなら、いっそ紙をやめたほうが早い」という本音も漏れていた。当時はまだ紙を完全にやめる決断をする材料が揃っておらず、その意見はいったん保留にした。

食い違いが起きた原因の構造
食い違いが起きた原因の構造 ※筆者の運用記録(対象:受入検査記録の二重運用・期間:6月1〜2週目)

原因は「移行判定」の甘さ

3週目に入り、2週目の照合結果と班長の本音を持ち寄って話し合ったところ、原因は「どちらを正として書くか」を誰も決めていなかったことだと分かった。指示は「両方つけてください」だけで、迷ったときにどちらを優先するかのルールがなかったのだ。検査員によって「まず紙、後でタブレット」の人と「まずタブレット、後で紙」の人が混在しており、優先順位が個人任せになっていた。これでは食い違いが起きて当然だった。会議で最年長の検査員が「そもそも両方書けというのが無理な話だ」と言ったのが印象に残っている。反論できなかったが、電子化自体を止める選択肢はもうなかったので、その場では黙って聞くしかなかった。二重運用そのものが悪いのではなく、二重運用の間の役割分担を決めずに始めたことが根本の原因だったと、今なら思う。

立て直し後の記録フロー
立て直し後の記録フロー ※筆者の運用記録(対象:受入検査記録・期間:6月4週目以降の運用)

1か月で終わらせた理由

3週目の後半から運用を変えた。まずタブレットへの入力を正、紙は「タブレットが使えないときだけの控え」と役割をはっきり決めた。入力する人も絞った。検査員全員が交代で入力するのをやめ、各班に1人だけ「その日の電子記録担当」を固定で置くことにした。担当以外の検査員は紙にメモ書き程度を残すだけでよく、二重に清書する手間がなくなった。この変更を6月22日から適用し、6月28日をもって紙の正式記録としての運用を終了、二重運用はちょうど4週間、20営業日で区切りをつけた。切り替え初日は、念のため品証課長にも立ち会ってもらい、電子記録だけで出荷判定が回るかを一緒に確認した。特に問題は起きず、その日のうちに紙は完全に控え扱いへ切り替わった。最初から「1か月で終える」と決めていたわけではなく、区切れる状態になったから終えた、というのが実際のところだ。担当固定制にすることに対しては「特定の1人に負担が偏るのでは」という懸念も班内から出た。実際にやってみると、電子記録担当は検査作業そのものから外れるわけではない。入力の手間だけを1人に寄せる形だったため、月をまたぐ頃には特に不満は出なくなっていた。この「その日の電子記録担当」自体は、班の中で1週間交代の輪番制にしており、特定の1人だけに恒久的に固定しているわけではない。

今の運用と伝えたいこと

二重運用の4週間で記録の食い違いは合計5件、そのうち出荷判定に関わりかけたヒヤリが1件、班長の残業増加は総計でおよそ7時間だった。切り替え後の3か月間は、同じ種類の食い違いは1件も起きていない。この経験から伝えたいことは1つだけで、「両方つけてください」と言うときは、必ず「迷ったらどちらが正か」までセットで決めておくべきだということだ。当たり前のようでいて、うちの職場ではその当たり前が最初は抜け落ちていた。電子化そのものの是非より、移行期間の役割分担のほうがよほど厄介だと、身をもって知った1か月だった。

検索性はどう変わったか

電子化から3か月経った今、以前なら半日仕事になっていた不具合傾向の確認が、キーワード検索で数分に短縮された。段ボールを1件ずつめくっていた頃とは大違いだ。先月、ある部品で軽微な不具合が3件続けて発生したときも、過去半年分の検査記録を5分ほどで洗い出せた。傾向を掴むのが早くなったと実感している。二重運用の4週間は正直しんどかったが、この検索性の改善だけでも見合う価値はあったと、今は思っている。ただ、これは電子化そのものの効果であって、二重運用という進め方が正しかったかどうかとは、分けて考えたほうがいい。

週別の食い違い件数と検索時間の変化
週別の食い違い件数と検索時間の変化 ※筆者の運用記録(対象:受入検査記録・期間:6月〜切替後3か月)

今も残る小さな迷い

担当固定制にしてから食い違いは止まったが、これで万事解決したとまでは思っていない。電子記録担当が休んだ日は代わりの人が急きょ担当を引き継ぐことになり、引き継ぎのタイミングでヒヤリが再発する余地はまだ残っている。幸い今のところ、休みの日の代行で問題は起きていない。代行に入るのは決まって同じ班の先輩なので、勝手は分かっているというのが大きい。来月から始まる別ラインの電子化でも同じ立て直しが必要になるのか、今回のルールをそのまま横展開できるのか、正直まだ見えていない。少なくとも「両方つけてください」だけで移行を始めることは、もう二度としないと決めている。次に何かを電子化するときは、始める前に「迷ったときどちらが正か」を1行でいいから紙に書いて、全員に配ってから始めようと思っている。

記録の正本をどちらに置くかという判断そのものについては、ものづくりポータルの「文書・記録管理」のページでも整理している。

参考書籍

電子化の進め方そのものについて、後から読んで「先に読んでおけばよかった」と思ったのが『いちばんやさしいDXの教本 改訂2版』(亀田重幸・進藤圭)だった。小さく始めて広げるという考え方は、次に別の記録を電子化するときの参考にしたい。

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この記事は筆者の職場での一時的な運用記録であり、電子化移行の進め方や期間の妥当性を保証するものではありません。移行方式や記録の取り扱いは各社の品質マニュアルに従って判断してください。

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この記事を書いた人

製造メーカーに10年以上。検査員から始めて生産技術・品質保証・品質管理・新規事業開発を経験し、いまは管理職。若手のころの失敗も含めて、現場で見たこと、試したことを書いています。座右の銘は「ピンチはチャンス」

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