無料のクラウドストレージで図面を共有したら、版管理はどこまで崩れたか

「この治具、どっちの図面で作ったんですか」

朝一番、検査治具を担当している部下から声をかけられた。手にしていたのは先週発注したばかりの位置決め治具で、穴の間隔が図面と2ミリ違うという。私はその場で共有フォルダを開いた。ファイル名は同じ「位置決め治具_A社向け.dwg」。ところが更新日時を見ると、似たような名前のファイルがフォルダの中に何個も並んでいた。

その瞬間、嫌な予感がした。

目次

共有フォルダに頼った理由

うちの部署では治具図面を無料プランのクラウドストレージで共有している。もともとは社内の共有サーバーが老朽化していて、外部の協力工場ともやり取りできる手軽な置き場所が欲しかった。情報システム部門に正式な仕組みを頼むと順番待ちで数か月かかると聞き、部内の判断で無料のクラウドストレージにフォルダを作った。容量は十数ギガバイト、アカウントは部内で共有の1つ。当時はそれで十分だと考えていた。

導入から半年ほどは特に問題がなかった。図面を1つのフォルダに入れておけば、誰でもいつでも見られる。協力工場の担当者にもリンクを送るだけで済む。私自身、これで紙のやり取りが減って助かっていた。

部内でのルールも、最初は口頭で共有していただけだった。「直したら分かるように名前を変えておいて」というくらいの緩い決め事で、それでしばらくは回っていた。人数が少ないうちは、それでも困らなかった。

ところが協力工場が2社から4社に増え、担当する治具の点数も月に十数件から三十件近くまで増えた。フォルダに入るファイルの数が増えるほど、口頭のルールは効かなくなっていった。誰も気づかないまま、危うい状態に近づいていたのだと思う。

フォルダの中に12個の「最新版」

問題が表面化したのは、増産にあわせて治具を追加発注した週だった。担当者が違う日にそれぞれ図面を修正し、そのつど「位置決め治具_A社向け_修正.dwg」「_最終.dwg」「_最終2.dwg」といった名前で保存していた。数えてみると、似た名前のファイルが12個。どれが本当に承認された最新版なのか、ファイル名だけでは分からない状態になっていた。

発注担当は更新日時が一番新しいものを選んだが、それは修正途中の下書きだった。承認済みの版は3日前に別の担当者が保存したもので、名前の並び順では真ん中あたりに埋もれていた。12個のうち、承認印まで進んでいたのはその1つだけだった。ほかはどれも途中の版だ。

発覚時のフォルダ状況を示す図
発覚時のフォルダ状況 ※筆者の運用記録(対象:治具図面の共有フォルダ・期間:発覚当日)

その場でやった応急処置

まず私がしたのは、12個のファイルを全部開いて中身を目で見比べることだった。寸法を1つずつ突き合わせ、どの版が最新の承認印つきかを確認していく。担当者3人には電話をかけ、いつどの図面をどう直したのかを口頭で聞き取った。

正直、ここまでやっても確信は持てなかった。

「たぶんこれで合っていると思います」。担当者からはそんな返事しか返ってこない場面が何度もあった。結局、承認済みの版を1つに絞り込むまでに丸1日を使い、その間は治具の追加発注を止めざるを得なかった。増産の週に発注を止めるのは、正直かなり勇気がいる判断だ。

止めている間、生産管理の担当からは何度も進捗の状況を聞かれた。「もう少しで分かります」としか答えられない自分に、情けなさを感じたのを今でも覚えている。

発覚から承認版の確定までの流れを示す図
発覚から承認版の確定までの流れ ※筆者の運用記録(対象:治具発注トラブルの対応・期間:発覚から復旧までの1日)

原因は権限とバージョン履歴の甘さ

落ち着いてから原因を調べると、2つのことが分かった。1つは、フォルダの編集権限を部員全員に開放していたこと。誰でも上書き保存できるので、承認前の下書きと承認後の完成版が同じ階層に混在していた。もう1つは、無料プランのバージョン履歴が7日間しか残らない設定だったこと。修正から8日以上経つと、以前の版に戻す手段がなくなる。

この2つが重なって、ファイル名だけが頼りの状態になっていた。名前は人が付ける。人は疲れているときや急いでいるときに、正確な名前を付けるとは限らない。

もう1つ気づいたことがある。図面を修正した本人は、自分がどの版を承認済みとして扱ってよいかを判断できる立場ではなかった。承認は本来、私かもう1人の担当者が行う工程だ。ところが忙しさに押されて、担当者が「これで大丈夫だろう」と自己判断でフォルダに上げてしまう場面が積み重なっていた。

振り返れば、フォルダを作った初日にこの権限設計をしておけば良かっただけの話だ。当時は「まずは動かしながら直せばいい」という考えで走り始めてしまい、後回しにした部分がそのまま弱点として残った。ものづくりの現場では見慣れた展開だが、自分がその当事者になるとやはり応える。

今も、あの無料プランの選択そのものが間違いだったとは思っていない。予算も時間も限られた中では、あれ以外の現実的な選択肢はあまりなかった。ただ、権限とバージョン管理の設計を最初から考えていなかったのは、私の見落としだ。

原因の構造(権限と履歴の甘さ)を示す図
原因の構造(権限と履歴の甘さ) ※筆者の運用記録(対象:フォルダ設定の点検・期間:発覚後の原因調査)

命名規則とフォルダ構造を作り直した

立て直しにあたって、私が最初にやったのはExcelで簡易のバージョン管理表を作ることだった。ファイル名・更新日・担当者・承認欄の4列だけの単純な表で、更新のたびに担当者が1行足す。派手なツールを導入する余裕はなかったので、まずは手元にあるExcelで運用を固めることにした。このとき参考にしたのが「無くせる会社のムダ作業100個まとめてみた」という本で、複雑な仕組みを作るより先に、今ある道具で最小限のルールを回す考え方が今回の状況に近いと感じた。

フォルダの構造も変えた。「作業中」「承認待ち」「承認済み」の3つに分け、承認済みフォルダへは私ともう1人の担当者しか書き込めないように権限を絞った。あわせて、承認済みフォルダに置く図面は1つの治具につき1版だけと決め、差し替えたら旧版は作業中フォルダへ戻すことにした。ファイル名のルールも、修正・最終・最終2のような曖昧な言葉を禁止し、「治具名_版数_日付」の形式に統一した。

承認欄も見直した。それまでは口頭でOKを出すだけだったが、Excelの管理表に承認者の名前と日付を必ず入れる欄を作った。誰が最終判断をしたのかが表を見ればすぐに分かるようにしたことで、担当者が自己判断で承認済みフォルダに上げる場面はなくなった。

更新時にひと声かける

ルールを作っただけでは同じことが起きると思い、承認済みフォルダに新しい図面を入れたら、チームのチャットに一言投稿するルールも加えた。「位置決め治具_A社向け_v3_0905を承認済みに入れました」の一文だけでいい。書くだけなら手間にもならない。

最初のうちは投稿を忘れる担当者もいたので、私が朝礼のたびに「昨日更新した図面はチャットに書いた」と1人ずつ確認して回る期間を2週間ほど設けた。地味なやり方だが、口うるさく言い続けたことで習慣として定着したのだと思う。

立て直し後のフォルダ運用フローを示す図
立て直し後のフォルダ運用フロー ※筆者の運用記録(対象:治具図面運用の改定・期間:改定直後の2週間)

再発ゼロの3か月と、今も残る迷い

ルールを変えてから3か月、同じ種類の間違いは起きていない。発注前に図面の版を確認する時間も、以前は1件あたり15分近くかかっていたのが、今は5分ほどで済む。何よりも、担当者が「これで合っているか自信がない」と言う場面が減った。

あの増産の週、結局20個の治具のうち8個を古い図面で発注しかけていたことが後から分かった。発注を止めたおかげで作り直しにはならずに済んだが、もう半日気づくのが遅れていたら、実際に出来上がった治具を廃棄する羽目になっていたと思う。今振り返っても冷や汗が出る話だ。

改定前後の比較(3か月後)を示す図
改定前後の比較(3か月後) ※筆者の運用記録(対象:治具図面の運用・期間:改定前と改定後3か月の比較)

それでも、うまくいったと言い切るには早い気がしている。部員が増えたり、担当者が入れ替わったりすれば、また同じような綻びが出るかもしれない。ルールは作った瞬間から少しずつ形骸化していくものだと、この3か月で感じている。

月に1回、私自身がフォルダの中身とExcelの管理表を突き合わせる時間も作った。表と実物がずれていないかを1件ずつ照らし合わせるだけの地味な作業だが、これを怠るとすぐ元の状態に戻ってしまう気がしている。

同じような状況にいる人に伝えたいことは1つだけだ。無料のツールを使うこと自体は悪くない。ただ、権限と履歴の設定を確認しないまま図面のような重要書類を置くのは、思っている以上に危うい。フォルダを作る前に、誰が書き込めて、何日分の履歴が残るのかを一度だけ確かめておく。それだけで防げる失敗もあると、今回のことで身をもって知った。

図面を守るのは高価なシステムではなく、みんなが同じ合図を守れるかどうかだ。10人の部下と一緒に仕事をしている今は、そう思っている。

図面のような記録の「どれが正本か」という問題は、ものづくりポータルの品質記録の電子化後の「正本」の決め方と運用のページでも扱われているので、あわせて見てもらえたらと思う。

参考書籍

管理表を4列に絞るとき、手元に置いていたのが「無くせる会社のムダ作業100個まとめてみた」(元山文菜)だった。項目を増やしたくなるたびに、この本の「まず減らす」という並びを見返して思いとどまった。

【PR】

次に読む

同じく無料ツールを現場に持ち込んだ記録として、無料のタスク管理ツールを3つ試して、現場に残ったのはどれかがある。ツールを選ぶときの判断そのものを扱った話としては、社内の問い合わせ対応をAIチャットに任せてみて、どこで止まったかのほうが近い。

この記事は筆者個人の体験に基づく記録であり、紹介した方法がすべての職場に当てはまるとは限らない。クラウドサービスの契約内容や設定項目は提供元によって異なるため、導入の際は自社の情報システム部門や利用規約を確認したうえで判断してほしい。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

製造メーカーに10年以上。検査員から始めて生産技術・品質保証・品質管理・新規事業開発を経験し、いまは管理職。若手のころの失敗も含めて、現場で見たこと、試したことを書いています。座右の銘は「ピンチはチャンス」

目次