異動してきた後輩と、初めて意見がぶつかった日にしたこと

期間
2026年8月上旬〜9月上旬(後輩の異動から5週間ほど)
対象
検査部門から品質保証部に異動してきた後輩1人との出荷判定のすり合わせ
体制
品質保証の管理職である筆者と、異動してきた後輩1人の2人
結論
基準の数値より先に、基準がどう運用されてきたかをすり合わせる方が早かった。

「基準内なので、このまま出荷していいですよね」。後輩がそう言ったのは、異動してきて18日目の朝だった。手元の限度見本と見比べながら、私はすぐには頷けなかった。数値だけを見れば規格の範囲内で、後輩の言い分は間違っていない。それでも、ロットの色味がわずかにくすんで見えた。

目次

異動してきてからの3週間

後輩は検査部門から品質保証に異動してきたばかりだった。前の部署では、測定器の数値が規格内かどうかで合否を決める仕事を6年ほどしていたと聞いていた。最初の2週間は、私が判定した案件に付いて回ってもらい、記録の付け方や書類の流れを覚えてもらう期間に充てた。伝票の書式、不適合が出たときの連絡先、判定を保留にするときの手続き。覚えることは多かったはずだが、後輩は一度説明したことをきちんとメモに残し、翌日には自分の言葉で説明できるようになっていた。飲み込みの速さには正直、助かる部分の方が大きかった。前の部署では抜き取り検査のやり方を見直して不良の流出を減らした実績があるという話を、着任初日の自己紹介で本人から聞いていた。数字の扱いには自信を持っている人なのだろうという印象を、そのとき受けた。

特に問題は起きなかった。強いて言えば、後輩が判定の理由をあまり聞いてこないのが、少し気になっていたくらいだった。

数値さえ合っていれば、それでいい。

後から振り返れば、その一言に近い前提を、私はそのとき聞き逃していた。前の部署のやり方をそのまま引きずっているのだろう、くらいにしか考えていなかった。

異動から18日目までの動き ※筆者の運用記録(対象:後輩1人の異動後3週間・期間:2026年8月上旬〜下旬)
異動から18日目までの動き ※筆者の運用記録(対象:後輩1人の異動後3週間・期間:2026年8月上旬〜下旬)

18日目の朝と、止めた1日

その日の出荷判定は、外観の色味に微妙なばらつきがあるロットだった。抜き取った32個のうち、規格の数値で不合格になったのは0個。後輩は測定結果のシートを差し出しながら、冒頭の一言を口にした。私は限度見本の写真と現物を並べ、「数値は範囲内でも、見本と比べると濃い側に寄っている」と伝えた。後輩は納得していない顔をしていた。

「それは、感覚の話ですよね」

返ってきたのは、そんな一言だった。感覚と言われてしまうと、こちらも強く出づらい。実際、限度見本との比較は最終的に人の目で行うものなので、多少の主観が入るのは事実だ。その場で15分ほど、数値と見本のどちらを優先するかを話したが、平行線のまま終わった。後輩の主張にも一理あり、私の主張にも一理ある。どちらも間違っていないのに、結論だけが出ない時間だった。

結局その回は、私の判断で出荷を1日止め、上位者に相談する形にした。上位者の判断も「見本優先で止めるのが妥当」というものだったが、後輩の表情は最後まで晴れなかった。

止めた1日の間、後輩は自分の測定データを見直していたという。数値はやはり規格の範囲内で、後輩からすれば「間違っていないのに止められた」という感覚が残ったはずだ。私自身、その感覚を頭ごなしに否定するつもりはなかった。数値が正しいことと、出荷していいことは、いつも同じではない。そこがうまく伝わらなかった。

判定が分かれた朝の構図 ※筆者の運用記録(対象:出荷判定1ロット・期間:異動18日目)
判定が分かれた朝の構図 ※筆者の運用記録(対象:出荷判定1ロット・期間:異動18日目)

説明しても伝わらなかった理由

翌日、もう一度時間を取って話した。今度は限度見本ができた経緯や、過去に数値だけで通して客先クレームになった事例を持ち出した。3年前に一度、数値基準だけで通したロットが客先で色味のクレームになり、限度見本を作るきっかけになった経緯がある。その話をすれば納得してもらえると思っていた。

それでも後輩の反応は鈍かった。「数値で決まっているなら、見本は目安ではないのですか」と聞かれ、私は答えに詰まった。目安のはずの見本を、なぜ自分は数値より優先しているのか、うまく言葉にできなかったからだ。頭の中では分かっているつもりのことが、口に出そうとすると急に頼りなくなる。そういう瞬間だった。

説得しようとするほど、話がかみ合わなくなっていった。

3日目に、後輩がぽつりと言った。「前の職場には、限度見本を使う工程がありませんでした」。そこでようやく気づいた。後輩にとって限度見本は「目安」ではなく、そもそも存在しない判断材料だった。数値基準だけで6年間やってきた人に、いきなり「見本と比べて」と言っても、比べ方の物差しが体に入っていない。私が説明していたのは見本の使い方ではなく、見本があるのが当たり前という前提の方だった。同じ部署の先輩に軽く相談してみたところ、「異動してきた人には、まず基準の歴史から話すようにしている」と言われ、自分がその手順をすっかり飛ばしていたことにも気づかされた。

前の部署と今の部署の判定基準の違い ※筆者の運用記録(対象:後輩の判定経験・期間:異動前6年間との比較)
前の部署と今の部署の判定基準の違い ※筆者の運用記録(対象:後輩の判定経験・期間:異動前6年間との比較)

すり合わせたのは基準でなく運用

そこから、やり方を変えた。基準の説明を繰り返すのをやめ、限度見本を使った判定を一緒に30分だけやってみることにした。過去に判定した現物を5点並べ、「これは通す」「これは止める」を後輩に先に判断してもらい、その理由を私が後から補足する形にした。

5点のうち後輩が私と違う判断をしたのは2点。多いとも少ないとも言えない数字だが、どこで見方がずれるのかは具体的に分かった。1点は光の当て方の問題で、蛍光灯の真下と斜めからでは見え方が変わることを後輩は知らなかった。もう1点は、限度見本の「これより濃いものは止める」という側の見本を、後輩が一度も手に取っていなかったのが原因。存在は知っていても、実際に触って確かめたことがなければ比較のしようがない。「見本、両方とも触ったことがあるのって、当たり前じゃなかったんですね」と後輩は苦笑いしていた。

色味は、写真だと伝わりにくい。

実物の質感と、蛍光灯の下での見え方まで含めて、限度見本は作られている。そのことを口で説明するよりも先に、一緒に手を動かして確かめてもらう方が早かった。今になって思えば、異動してきた初日にこの30分をやっておけば、18日目の朝は来なかったかもしれない。

現物5点のすり合わせ結果 ※筆者の運用記録(対象:現物5点の判定比較・期間:すり合わせ実施日)
現物5点のすり合わせ結果 ※筆者の運用記録(対象:現物5点の判定比較・期間:すり合わせ実施日)

今も続けているすり合わせ

あれから、判定に迷うロットが出るたびに、スマホで現物と限度見本を並べて撮り、チャットで共有してから結論を出すようにしている。着任から3週間の間に意見が割れたのは2回。すり合わせを始めてからの2週間は、判定が割れることは0回になった。数字だけを見ると改善したように見えるが、単に判断の機会自体が減っている可能性もあるので、もうしばらく数えてみるつもりだ。

後輩は今では、判定に迷ったときに自分から「これ、見本と比べてもらえますか」と聞いてくる。前提が違うまま話していたときには、聞かれることのなかった一言だ。先週は逆に、後輩の方が先に色味のずれに気づき、私に確認を求めてきた。

立場が入れ替わった。

そこまで来て、ようやくすり合わせが機能し始めたのだと感じている。持ち出した現物が5点で足りたのは、たまたま今回の色味のずれが分かりやすい範囲に収まっていたからで、次に別の項目で意見が割れたときは、また一から現物を集め直すことになるかもしれない。

すり合わせ前後の判定の割れ件数 ※筆者の運用記録(対象:出荷判定の対立件数・期間:着任後3週間とその後2週間)
すり合わせ前後の判定の割れ件数 ※筆者の運用記録(対象:出荷判定の対立件数・期間:着任後3週間とその後2週間)

意見が食い違ったときにやったこと

今回のことで学んだのは、意見がぶつかったときに揃えるべきなのは、基準の文言そのものより先に、基準がどう運用されてきたかだということだ。同じ「規格内」という言葉でも、それまでどんな職場で使われてきたかによって、指している範囲が違う。相手を説得しようとする前に、まず相手がどんな前提で数値を見ているのかを、一度聞いてみた方がいい。

今もこのやり方が最善かは分からない。特に、限度見本のような属人性の残る基準を新しい人に引き継ぐ方法は、もっと良いやり方があるはずだと思っている。それでも少なくとも、あの朝の平行線には戻っていない。後輩との関係も、あのころよりずっと話しやすくなったと感じている。

次に別の部署から人が来るときは、初日に30分だけ現物を並べる時間を先に取ろうと決めている。基準を説明してから疑問が出るのを待つのではなく、疑問が出る前に手を動かしてもらう。順番を変えるだけで、18日目の朝のような足止めは減らせるはずだ。次の異動者が来るのは、早ければ来年の春になる予定で、今から少しずつ準備を進めておこうと思っている。

限度見本の作り方と運用の基準は、ものづくりハンドブックのM14 限度見本・現物基準の現場運用にもまとめている。保管や更新の手順から知りたい人は、あわせて読んでもらえるとよいと思う。

参考書籍(PR)

相手を説得しようとするほど話がかみ合わなくなる、という今回の詰まり方を言葉にしてくれたのが宇田川元一『他者と働く』だった。分かり合えなさを埋める前に、まず相手の側の理屈を見に行くという順番の話が書かれている。

【PR】他者と働く──「わかりあえなさ」から始める組織論 (NewsPicksパブリッシング) [ 宇田川 元一 ]

もう1冊、アービンジャー・インスティチュート『自分の小さな「箱」から脱出する方法』も、相手を「分かっていない人」として扱い始めた瞬間に何が起きるかを扱っていて、あの朝の自分の態度を思い返す材料になった。

【PR】自分の小さな「箱」から脱出する方法 人間関係のパターンを変えれば、うまくいく! [ アービンジャー・インスティチュート ]

次に読む

後輩に品質保証の仕事を引き継ぐとき、最初に渡した3枚 — 配属初日の朝に、手元の資料から3枚だけ選んで渡した日の記録。渡す順番を考えたという点が今回と重なる。

QC検定に受かってから、現場の見え方はどう変わったか — 資格そのものより、それをどう語るかで周りの受け止め方が変わると知った記録。

免責: 本記事は筆者個人の経験に基づく記録です。判定基準の運用は職場ごとに異なるため、実際の対応は各社の基準に従ってご判断ください。

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この記事を書いた人

製造メーカーに10年以上。検査員から始めて生産技術・品質保証・品質管理・新規事業開発を経験し、いまは管理職。若手のころの失敗も含めて、現場で見たこと、試したことを書いています。座右の銘は「ピンチはチャンス」

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