金曜の16時、翌朝一番のトラックで出荷する予定のロットを最終検査していたとき、外観に薄い傷のある製品が1個見つかった。検査員から呼ばれて現物を見ると、光の当て方を変えないと分からない程度の傷だったが、同じ工程を通った製品全体に広がっている可能性があった。出荷まで残り時間は約16時間、対象ロットは128個。品質保証としてどう判断するか、その場で決めなければならなかった。検査員の顔つきから、これは軽い話ではなさそうだと分かった。
金曜16時に見つかった傷
傷が見つかったのは、成形後の製品を運ぶコンベアのガイド部分がわずかに摩耗し、角の面取り部分に軽くこすれる跡が残る箇所だった。摩耗自体は前日の点検では基準内で、今日になって急に進んだものではないと考えられた。とはいえ、いつからこすれ始めていたのかはその場では分からず、対象ロット128個のうち何個に傷が出ているのかも未確認のままだ。ひとまず現物を止め、出荷判定を保留にする連絡を出荷担当に入れた。
量は128個、納期は翌朝
納期は翌朝7時発のトラックで、得意先の受け入れ検査は10時からと聞いていた。これに間に合わなければ、得意先のライン停止につながる可能性がある取引だった。この得意先とは半年前にも納期を1日遅らせたことがあり、そのときは代替在庫でしのいでもらえたが、今回は在庫の余裕がほとんどないと事前に聞いていた。一方で、傷のある製品をそのまま送れば、得意先側の受け入れ検査で不合格になり、結局は同じようにラインへの影響が出る。止めても出しても、どこかにリスクが残る状況だった。
全数を止めるべきか迷った
最初に頭に浮かんだのは、対象ロット全体を出荷停止にすることだった。安全側に振るならそれが一番早い。ただ、128個すべてに傷が出ている保証もなく、全数を止めれば得意先には確実に迷惑をかける。逆に全数をそのまま出せば、傷のある製品が紛れ込んだまま届く可能性がある。どちらの極端も選びたくなかったが、判断を先延ばしにする時間はなかった。過去に別の案件で全数停止を選んだときは、結局2日遅れになり、得意先の生産計画にまで影響を出してしまった経緯もあり、その記憶が頭の片隅にあった。
量産計画を洗い直した
その日の生産記録を遡り、コンベアのガイドがいつから摩耗し始めたと考えられるかを推定した。前々日の点検記録と照合すると、摩耗が進んだのはこの2日間の生産分に限られそうだった。対象になりうる128個を、実際に目視で全数確認したところ、明確な傷が確認できたのは9個、光の角度によっては判別しづらい微妙なものが14個、残り105個は傷なしと判定できた。この確認だけで16時から17時過ぎまでかかり、残り時間はさらに短くなっていた。9個という数字を見たとき、思ったより少ないという安堵と、それでも0ではないという緊張が同時にあった。

選別・出荷・延期の3択
選択肢は大きく3つあった。1つ目は128個全数を選別し直し、傷ありを除いた分だけを出荷する案。2つ目はいったん出荷を延期し、翌日以降にあらためて全数選別する案。3つ目は微妙な14個も含めて出荷を止め、傷なしと確定した105個のみを予定どおり出す案だ。全数選別には検査員2人体制で約5時間かかる見込みで、16時からでは深夜までかかる計算になる。3つ目の案は一見安全に見えたが、14個を保留にする根拠が「見づらいから」でしかなく、傷の有無を確かめずに納入数を減らすだけの案だという点が引っかかった。判断の速さを優先して確認そのものを甘くする案は、選びたくなかった。

営業から電話がかかってきた
方針を固めきれずにいたところに、営業担当から電話が入った。得意先の受け入れ担当者から「明日の便は確定か」という確認が来ているとのことだった。ここで即答はできないと伝え、19時までに結論を出すと約束した。営業担当からは「できれば全数出したい」というニュアンスも伝わってきたが、その場では判断材料が揃っていないことを理由に一旦保留にする。電話を切ったあと、判断を急ぐあまり数字を見ずに決めてしまいそうな自分に気づき、いったん検査室に戻って落ち着くことにした。
「ザ・ゴール」を思い出した
検査室で数字を眺めているとき、以前読んだエリヤフ・ゴールドラットの『ザ・ゴール』の一節がふと頭に浮かんだ。全体の生産量は、一番遅い工程の能力を超えられないという話だった。今回で言えば、選別という作業そのものが工程全体のボトルネックになっていた。だとすれば、全数を止めるか出すかという二択で悩む前に、選別のスピードを上げること自体に手を打つべきだと考えを切り替えた。読んだのは2年前で、そのときは在庫の話として読んでいたが、こういう場面でも同じ考え方が使えるとは、正直そのときまで結びついていなかった。
制約はどこにあったか
あらためて流れを整理すると、成形からコンベア搬送、外観検査、梱包、出荷という工程のうち、詰まっていたのは外観検査の1点だけだった。他の工程は普段どおり動かせる状態にある。ならば、その1点に人と時間を集中させれば、全体の流れを止めずに済むはずだった。検査員2人のままでは間に合わないという計算を、そのまま上司への相談材料にした。工程全体を止める前に、詰まっている場所だけをピンポイントで補強するという発想は、それまでの自分にはなかった考え方だった。

選別要員を急きょ増やした
品質保証の上司に状況を説明し、他ラインから検査経験のある社員を2人、一時的に選別に回してもらう了承を得た。4人体制にしたことで、全数選別の所要時間は約5時間から2時間半に短縮できる見込みだ。19時から作業を始めれば、21時半には結果が出る計算になる。実際の作業では、事前に傷の見本写真を用意し、4人の判定基準がずれないように最初の10分ですり合わせを行った。すり合わせの段階で、1人が「これくらいなら傷に入れなくていいのでは」と判定したサンプルがあり、全員で現物を見比べて基準をそろえてから本番の選別に入った。この10分を省いていたら、4人の判定にばらつきが出ていたはずだ。

一部出荷、残りは翌日
選別の結果、128個中、傷ありと確定したのは11個、傷なしと確定したのが117個だった。117個は予定どおり翌朝一番の便で出荷し、傷ありの11個は良品と交換して翌日以降に別便で追送することにした。得意先には21時半の時点で、数量内訳と追送予定日を含めて連絡を入れた。受け入れ担当からは「先に連絡をもらえたので調整できる」という返信があった。

納期は守れたのか
翌朝の便には117個を予定どおり積み込み、遅れは出さなかった。残り11個は3日後に追送し、得意先のライン停止は起きなかった。一方で、選別に加わった2人のうち1人は元のラインの応援予定を外れる形になり、そちらの班長からは「急に抜けられると困る」と言われた。1つの問題を止めるために、別の場所にしわ寄せが出ていたことも記録しておく必要があると感じた。
コンベアのガイドを交換した
週明け、摩耗していたコンベアのガイド部分を新品に交換し、点検周期をそれまでの月1回から週1回に見直した。あわせて、ガイドの摩耗量を数値で記録する簡易ゲージを導入し、感覚ではなく数字で交換時期を判断できるようにした。この変更から2か月が経つが、同じ箇所での傷は再発していない。応急的な選別で終わらせず、原因側に手を入れたことが、結果的には一番効いたと感じている。設備担当からは「月1回で十分と思っていた」と言われたが、今回の一件を数字とあわせて共有したところ、他のラインのコンベアも同じ周期で点検を見直す動きにつながった。
あの判断は正しかったのか
結果だけを見れば、納期を守りながら不良品の流出も防げた。ただ、この判断が最善だったのかは、今でも迷いが残る。全数を止めて翌日に回していれば、他ラインへのしわ寄せは避けられたかもしれない。逆に、選別を待たずに出荷していれば、得意先での不良流出という別の問題を招いていた可能性もある。品質と納期がぶつかったとき、どちらかを完全に優先することはできない。影響の及ぶ範囲をできるだけ小さくする選択をするしかないのだと、この一件を通じて感じている。あのとき『ザ・ゴール』を思い出さなければ、おそらく検査員を増やす発想には至らず、全数を止めるか出すかの二択で悩み続けていたと思う。制約になっている場所を見極めることの大切さを、身をもって学んだ一件だった。
出荷判定や選別の考え方については、ポータル側の出荷判定・選別対応の手引きにもまとめている。判断の型を整理したいときの参考にしてほしい。
参考書籍
全数を止めるか出すかの二択から抜け出すきっかけになった1冊。【PR】ザ・ゴール 企業の究極の目的とは何か [ エリヤフ・M.ゴールドラット ]
次に読む
- 特採を出すかどうかで一番迷った日の話 — 規格外れをどこまで許容するかで迷った経緯は、今回の出荷か選別かという判断とも重なる部分がある。
- 校正シールが切れた測定器を朝いちで見つけたときにやったこと — 限られた時間の中で現場を止めるか動かすかを決めた場面という点で、今回の判断の進め方と近いところがある。
※本記事は筆者個人の現場経験に基づく一人称の記録であり、特定の企業・業界の標準的な対応を示すものではありません。実際の出荷判定は自社の品質基準・契約内容に基づいて行ってください。