特採を出すかどうかで一番迷った日の話

金曜の16時、出荷予定ロットの最終検査データを見ていたときだった。担当者が持ってきた測定記録の1行に、目が止まった。外径の実測値が、規格上限をわずかに超えている。差は0.03ミリ。ノギスの目盛りひとつ分にも満たない差で、現物を並べて見ても正直、どちらが規格内でどちらが規格外か分からない。担当者も「今の今まで気づかなかった」と言った。出荷は月曜朝一便。土日を挟むと、判断できる人間はこの工場に私しかいなかった。窓の外はもう夕方の陽が傾いていて、今日中に方向性だけでも決めておかないと、月曜の朝がそのまま詰むという感覚があった。

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0.03ミリの差をどう見るか

まず手を止めて、現物を測り直した。ノギスを変え、担当者にも測ってもらい、3人で同じ値を確認した。0.03ミリ超過は間違いない。次に考えたのは「この差が、お客様の使い方に本当に影響するのか」だった。図面の規格は安全側にかなり余裕を持たせて引かれていることが多い。だからといって、超えていい理由にはならない。

規格は規格だ。

ただ、判断の材料としては欠かせない視点だった。技術部門に連絡し、この寸法が組み付け先のどこに効いてくるのか、過去の使用実績も含めて確認してもらうことにした。返事が来るまでの1時間が長かった。その間、対象ロットは4ケース・全128個。半分は既に梱包済みで、残り半分はまだ検査待ちだったので、検査待ち分だけでも先に全数選別に回すよう指示を出した。手を止めて待つより、動ける部分から動かした方が気が紛れた。

安全と法規だけは動かせない

技術部門からの回答を待つあいだ、頭の中で繰り返していたのは「安全・法規に関わるものは絶対に特採しない」という一線だった。今回の寸法は強度や安全機構に直結する箇所ではなく、外観と組み付け時のクリアランスに関わる部分だと分かっていたので、この一線には触れていない。もし少しでも安全側に関わる寸法だったら、この時点で特採の検討自体をやめて、恒久対策一本に絞っていたと思う。実際、2年ほど前に一度、別の製品で似たような相談を受けたことがある。そのときは荷重を受ける締結部の寸法で、影響評価をする前に「これは検討の土俵に乗らない」と即座に断った。規格外イコール即NGではないというのは事実だが、それは「検討の余地がある」という意味であって、「なんとかなる」という意味では決してない。この区別を自分の中で先に固めてから、次の段階に進んだ。

特採判断の流れ ※筆者の運用記録(対象:特採対応の流れ・期間:当該案件)
特採判断の流れ ※筆者の運用記録(対象:特採対応の流れ・期間:当該案件)

顧客に電話する前に迷ったこと

技術部門から「組み付けクリアランスへの影響は許容範囲内」という回答が来たのは17時半だった。ここで次の壁にぶつかった。契約上、この種の逸脱は顧客の承認が必要になる。頭に浮かんだ選択肢は2つだった。すぐ電話をかけること、黙って出荷して後で報告すること。恥ずかしい話だが、数秒だけ後者がよぎった。金曜の夕方に電話をかければ、相手の週末の予定に割り込むことになる。こちらの検査体制の甘さを疑われるかもしれないという不安もあった。だが、無断で出荷可否を変えることだけは絶対にやってはいけないと分かっていたので、迷いを振り切って電話をかけた。担当者は開口一番「連絡ありがとうございます」と言った。

拍子抜けした。

逸脱を隠さず先に言ってくること自体が、向こうにとっては信頼材料になるのだと、このとき初めて実感した。電話の後半では、影響評価の内容を口頭で説明し、正式な申請書は週明けに書面で送る約束をして、その日はいったん電話を切った。

根拠データを並べてみたら

電話の後、申請書を作る段になって、根拠データを1枚にまとめる作業に入った。対象ロット番号と数量、逸脱内容(規格〇〇ミリに対し実測〇〇ミリ)、影響評価の結果、そして過去の同種逸脱の実績。この順に並べた。過去実績を洗ってみると、似た逸脱が3年前に1件あり、その時も同じように許容と判断されていた記録が残っていた。この記録があったおかげで、申請書の説得力は一気に上がった。記録を残す文化がなかったら、今回もゼロから技術的な妥当性を説明し直す羽目になっていたはずだ。数値を並べる作業自体は地味で、正直あまり面白い仕事ではない。土曜の午前中に自宅から会社のシステムにつないで過去記録を検索していたとき、家族には「またその仕事か」と半ば呆れられた。それでも、この地味な作業が判断の重みを支えていることを、この日ほど強く感じたことはなかった。

特採申請書に書いた4項目 ※筆者の運用記録(対象:特採申請書の記入項目)
特採申請書に書いた4項目 ※筆者の運用記録(対象:特採申請書の記入項目)

適用範囲を区切ってから出す

承認をもらった後も、そのまま全数を通していいわけではない。適用するのは「当該ロットのみ・今回の出荷分限り」と範囲を区切った。次のロットで同じ逸脱が出たら、それはもう特採ではなく、工程に問題があるサインだと考えるべきだ。特採を常態化させないというのは、社内で決めている原則のひとつだが、実際にその場に立つと、範囲を区切る作業がいかに面倒でも欠かせないかがよく分かる。区切らずに「今回だけ」を積み重ねると、いつの間にか「今回だけ」が普通になってしまう。数量と期限を明記した申請書を見返しながら、ここで線を引いておいてよかったと思う。128個のうち、検査待ち分の選別で見つかった不適合はゼロ、既に梱包済みだった分もすべて再測定で規格内に収まっていることを確認できた。

判断は自分の名前で残す

最終的に出荷可否を判断するのは、品証の責任者の役目だ。この日はその立場にいたのが私だった。申請書に承認の印を押す瞬間、手が少し震えた。

この判断が正しかったのかは、正直いまも分からない。ただ、あの日と同じ状況で同じ数字を見せられたら、もう一度同じ答えを出すと思う。判断の根拠を文章と数値で残しておいたのは、後から自分自身がこの判断を検証できるようにするためでもあった。感覚だけで押した印は、後になって説明できなくなる。月曜の朝、出荷の担当者から「あの件、どうなりましたか」と聞かれたとき、申請書を見せながら経緯を順番に説明できたことが、地味だが一番の安心材料だった。もし口頭の記憶だけを頼りに答えていたら、細部のどこかで説明がぶれていたと思う。逸脱の値、影響評価の結論、顧客への連絡日時、承認をもらった時刻。ひとつずつ紙に残しておいたから、聞かれた順番に淡々と答えられた。判断そのものよりも、判断を後から説明できる形にしておく作業のほうが、実は時間がかかるということも、この日にあらためて分かった。

特採してよい条件といけない条件 ※概念図(実測データではありません)
特採してよい条件といけない条件 ※概念図(実測データではありません)

恒久対策を後回しにしなかった理由

出荷判断が片づいた翌週、工程を見直した。今回の逸脱の原因は、ある工程の刃物の摩耗が想定より早かったことにあった。特採で出荷を通したこと自体は正しい判断だったと思うが、それで終わらせたら同じ逸脱がまた起きる。刃物の交換周期を2000個から1500個へ前倒しし、摩耗の兆候を見るための中間測定を工程に組み込んだ。特採は応急の答えであって、恒久対策とセットでなければ意味がない。この2つを切り離して考えていた時期もあったが、今回の件でようやく、両方を同時に進める感覚がつかめた気がする。翌月以降、同じ寸法での逸脱は一度も出ていない。数字だけ見れば地味な改善だが、あの金曜の夜に迷った時間を思えば、十分に効果があったと言える。

特採と恒久対策の関係 ※概念図(実測データではありません)
特採と恒久対策の関係 ※概念図(実測データではありません)

あの週末を境に変えた習慣

この一件のあと、ひとつだけ習慣を変えた。規格の上限・下限にぎりぎり収まっている数値を、月末にまとめて洗い出す時間を作ったことだ。以前は「規格内なら合格」で終わっていたが、規格内でも余裕がほとんどない値が続いていれば、それは工程が少しずつ崩れかけているサインかもしれない。実際、この習慣を始めてから半年で2回、摩耗や設定ずれの兆候を、逸脱が出る前の段階で見つけて対処できた。特採そのものは、出す機会が減るのが一番いい。あの金曜の夜に感じた重さを、また誰かに背負わせたくないというのが、正直なところの動機だ。現場の担当者からは「早めに教えてくれるようになって助かる」と言われることが増えた。特別なことをしているつもりはなく、ただ数字を見る頻度を上げただけなのだが、それだけでも現場との距離感は変わるものだと感じている。

逸脱の後に変えた3点。翌月以降、同じ寸法での逸脱は出ていない ※筆者の運用記録(対象:逸脱後に変えた3点)
逸脱の後に変えた3点。翌月以降、同じ寸法での逸脱は出ていない ※筆者の運用記録(対象:逸脱後に変えた3点)

今回の判断の型そのものは、社内向けにまとめているハンドブックの「B5 特採(特別採用)申請の判断」に整理してある。安全・法規に関わるかどうかの一線、顧客承認の要否、根拠データの揃え方といった基準を先に文章化しておいたことが、この日の判断を支えてくれた。興味のある方はものづくりハンドブックのB5ページも参考にしてほしい。

次に読む

非含有証明、様式だけ届いた日にやった遠回り — 今回と同じく、正式な証明が揃わないまま判断を迫られた場面の話。根拠をどこまで集めれば納得できるか、という悩み方が似ている。

品質カレンダーを1か月使ってみて、結局何が変わったか — 特採の適用範囲を区切る作業と同じで、記録を残す仕組みが後の自分を助けてくれるという話。

※この記事は筆者個人の経験に基づく一人称の記録です。特採(特別採用)の可否判断は業種・製品・契約内容によって基準が大きく異なります。実際の判断にあたっては、必ず自社の品質保証体制および契約上の取り決めに従ってください。

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この記事を書いた人

製造メーカーに10年以上。検査員から始めて生産技術・品質保証・品質管理・新規事業開発を経験し、いまは管理職。若手のころの失敗も含めて、現場で見たこと、試したことを書いています。座右の銘は「ピンチはチャンス」

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