朝礼前の30分、ライン脇の初物確認台で製品を手に取るのが自分の日課だった。ノギスで寸法を3か所測り、ルーペで外観を四隅まで見る。判定欄に○を書き、初物確認表を検査日報のファイルへ戻す。その日もいつも通りに終えたつもりだった。天気の話をしながら通り過ぎた班長に「異常なしです」と声をかけたのを、今でも覚えている。
三日後に来た指摘
三日後、営業経由でお客様から連絡が入った。出荷したロットの製品に刻印されているはずのトレーサビリティ番号が、一部で読み取れないというものだった。電話を受けた営業担当の声は落ち着いていたが、こちらの背筋は伸びた。棚から現品を出し、刻印部分をルーペで確認すると、たしかに数字の下2桁がかすれていた。刻印機のピンの摩耗が原因らしいことは後で分かったが、その場ではまず、なぜこれが初物の段階で分からなかったのかが気になった。初物確認の記録を見返すと、寸法と外観の判定欄はどちらも○がついている。刻印の可読性については、確認した記録がどこにもなかった。判定欄の○は、確認したことの証明にはなっていなかった。
表にはあった、はずの項目
初物確認表を印刷して見返すと、実は「刻印確認」という欄自体は存在していた。数年前に品質保証部が作った様式で、削除された形跡もない。ただ、その欄は寸法・外観の下、様式の一番下の行にあった。自分がいつも見ていたのは上半分の寸法欄と外観欄だけで、下の行まで目が届いていなかった。悪気があって省いていたわけではない。単に、確認の動線の中に入っていなかっただけだった。
同じ様式を使っている先輩に聞いてみると、先輩は刻印確認欄を毎回埋めていた。ただしその埋め方は、刻印そのものを見るのではなく「刻印機が正常に動いていることを見た」という意味での○だったらしい。刻印の文字が実際に読み取れるかどうかまでは、先輩も見ていなかった。同じ欄でも、人によって何を確認したことにするかがずれていた。

なぜ見えていなかったか
原因を考えて、思い当たったことが一つあった。初物確認台の作業姿勢だと、製品を手に取ってノギスを当てる位置と、確認表を置いている位置がずれている。寸法を測るたびに視線は製品とノギスの間を往復し、確認表は最後にまとめて記入する形になっていた。表の下半分にある項目は、視線の往復の外側にあったということだ。
これは自分だけの癖ではなく、同じ確認台を使う後輩3人に聞いても、下段の項目を「まとめて最後に見る」と答えた人が2人いた。3人のうち1人だけは、確認表を先に一度読んでから作業に入ると答えたが、その分だけ確認台での作業時間は長くなっていた。動線の外に置かれた項目を拾うには、遠回りをするか、動線そのものを作り直すかのどちらかしかないのだと分かった。

すぐに直した二つのこと
その場でまず二つのことをした。一つは、その日出荷予定だったロットについて、刻印済みの現品を1つずつ抜き取り、ルーペで再確認すること。対象は12ロット、幸い読み取れない刻印は最初に指摘のあった1件だけだった。抜き取りには1時間半かかったが、その場で全数選別に切り替えるかどうかを判断する材料として、抜き取りの結果を課長へすぐ報告した。
もう一つは、初物確認表の様式を変え、刻印確認の欄を様式の最上段、視線が最初に入る位置へ移した。様式の変更は品質保証部の承認が必要だったので、その日のうちに担当者に事情を話し、翌週から新様式に切り替える許可をもらった。承認までの1週間は、旧様式の下段に赤枠で囲みを追加する応急処置でしのいだ。

刻印機のピンも調べた
並行して、刻印そのものの原因も追いかけた。設備担当に頼んで刻印機を分解してもらうと、文字を打ち込むピンの先端が1本だけ丸く摩耗していた。摩耗の進み方から見て、急に壊れたのではなく、数週間かけて少しずつ深さが浅くなっていったらしい。摩耗したピンはその場で交換し、あわせて交換周期を「3か月ごと」から「摩耗量を月次で実測して判断」に変えた。お客様への対応としては、読み取れなかった1件を含む出荷分について事情を説明し、必要な現品を回収したうえで始末書を提出した。営業からは「次からは初物の段階で止めてほしい」と言われ、返す言葉がなかった。始末書には原因と対策を書く欄があり、原因の欄に「刻印機ピンの摩耗」とだけ書いて提出しようとしたところ、課長から「確認表の運用も原因の一つのはずだ」と指摘され、書き直した経緯もある。
様式を変えても足りなかった
新様式に変えて2週間はうまくいっていた。ところが、ある朝、忙しさに追われて確認台に立ったとき、また刻印確認の欄を空欄のまま○だけつけそうになった自分に気づいた。様式を直せば見落としは無くなるのだろうか。様式の位置を変えても、確認する順番を体が覚えていなければ、結局は目が滑ってしまう。表の作り方だけを直しても、確認する側の「手順」が変わっていなければ同じことが起きる。
そのときはとっさに手を止めて、刻印だけもう一度見直した。幸い今回は読み取れたが、様式を直したという安心感のほうが、確認の中身より先に根付いていたのだと気づかされた。そう分かって、様式とは別に、確認の順番そのものを固定する方法を考え直すことにした。
ポケットカードを作った
思いついたのは、初物確認台の脇に置くだけの小さなカードだった。名刺サイズのラミネートカードに、確認する順番を番号付きで書いた。①刻印の位置と可読性、②寸法3か所、③外観四隅、という順番にした。あえて刻印確認を一番先に持ってきたのは、後回しにすると忙しいときに省かれやすいと分かっていたからだ。
カードは確認台に磁石で貼り付け、確認の最初に必ず目を通す位置に置いた。作るのにかかった時間は、ラミネーター込みで20分ほどだった。最初は手書きの文字で作ったが、かすれて読みにくかったので、翌日にパソコンで打ち直した。番号を丸数字にしたのは、順番を守っているかを他人が横から見ても分かるようにするためだった。

一か月続けてみて
カードを導入してから一か月、刻印の見落としは出ていない。ただ、これで完全に安心したとは言い切れない。カードがあっても、慣れてくれば形だけなぞって終わる日が来る可能性はある。実際、2週目にはカードを見ずに確認表へ記入しそうになった場面が1度あった。そのときは隣にいた後輩に「カード見た?」と聞かれて気づいた。
仕組みだけでなく、お互いに声をかけ合う関係も、見落としを防ぐ一部なのだと思う。後輩には、気づいたら遠慮なく聞いてほしいと伝えている。カードを作った本人の自分が一番忘れやすいという自覚もある。4週間分の実施記録を振り返ると、声をかけられた1回以外はカードの順番どおりに進んでいた。

他の確認表も見直した
刻印確認の一件があってから、自分が使っている他の確認表も一通り見直してみた。対象にしたのは、初物確認表のほかに、始業前点検表と最終検査記録の2種類。始業前点検表は項目数が9個あり、上から順に並んでいたので動線の外に出る項目はなかった。最終検査記録は逆に、記入欄が2ページにまたがっており、2ページ目の存在自体を忘れかけていた新人がいたことが分かった。様式の枚数を減らせないか、次の品質保証部の会議で相談することにしている。1つの見落としをきっかけに、確認表そのものを疑う癖がついたのは、今回の副産物だったと思う。
見落としは表に出ない
今回のことで一番怖かったのは、寸法と外観という「測ればわかる項目」ができていたせいで、確認全体ができているように見えてしまったことだ。初物確認表の○の数だけを見れば、何も問題は起きていないように映る。実際には、確認するべき項目のうち何を見て、何を見ていないかは、確認する人の視線の動きの中にしか残らない。
表の項目を増やすことより先に、今ある項目を本当に全部見ているかを、一度自分の手の動きで確かめてみることが要るのだと感じた。項目を増やせば増やすほど、視線の動線からこぼれる項目も増えていく。今回のカードは、項目を絞って動線の中に収めるという、足し算ではなく並べ替えのやり方だった。
『トヨタの自工程完結』という本に、品質は検査で見つけるものではなく工程の中で作り込むものだという話が出てくる。初物確認も同じで、確認表を埋める作業ではなく、次の工程に不具合を渡さないための最後の砦のはずだった。カードを作った今も、それが本当に機能しているかは、また別の見落としが出てみないと分からない部分がある。読み返すたびに、自分が今どこを見て、どこを見ていないのかを、もう一度疑うようにしている。
初物確認のような段取り替え時のチェックについては、ものづくりハンドブックの段取り替え・切替時の初物確認にも実務的な整理があるので、様式を見直すときはあわせて見返している。
参考書籍
初物確認を「表を埋める作業」から切り離して考え直すときに、読み返した一冊を挙げておく。
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特採を出すかどうかで一番迷った日の話――基準ぎりぎりの判断で迷った記録。確認欄が埋まっていることと、実際に確認できていることは別だと感じた点が今回の話と重なる。
検査記録の数字がそろいすぎていた朝、まず疑わずに止めた話――記録の見た目が整っているときほど抜けに気づきにくいという構図が、今回の刻印確認の話と地続きになっている。
本記事は筆者個人の体験に基づく記録であり、社内の正式な基準や手順を示すものではありません。実施にあたっては各社の品質基準・標準作業手順に従ってください。