月曜の朝、まだ工場の換気扇の音しか聞こえない検査室で、週末の夜勤帯に上がってきた検査記録に目を通していた。三枚のロット別成績書を並べていて、ふと手が止まった。ロットも担当者も違うはずなのに、寸法測定値の末尾がそろって「.05」で終わっている。コーヒーを一口飲んで、もう一度数字を目で追った。偶然にしては、そろいすぎていた。
数字がそろいすぎた朝
その場で疑ったわけではない。手元にあった別の3ロット分の成績書も引っ張り出して並べてみた。5枚のうち3枚で、同じ癖が出ている。測定項目は外径と厚みの2点で、限度見本と照らし合わせても大きく外れた値ではない。ただ、実測値というものは本来ばらつくもので、末尾が3日分そろってきれいに「.05」に収まることは、感覚として起きにくい。定規で測ったのではなく、前の値を写しているのではないか。そんな疑いが、コーヒーの湯気の向こうでゆっくり形になっていった。窓の外はまだ薄暗く、始業のチャイムまで20分ほど余裕があったのも、腰を据えて数字と向き合えた理由だったと思う。
同じ癖は他にもあった
気になって、その日のうちに別の工程の記録も遡って見てみた。すると、担当者はまったく別の人だが、やはり同じ品番を連続で扱った日にだけ、末尾のそろいが目立つことに気づいた。特定の1人の癖ではなく、特定の作業条件(同一品番の連続生産)で起きやすい何かがある、という見立てに変わった瞬間だった。個人の不注意という結論に飛びつかずに済んだのは、この「もう一件」を確認したからだと思う。
まず疑わず、止めた理由
疑いを持った瞬間にやったのは、担当者を呼び出すことではなかった。以前、別の検査員が「数字が変」という理由だけで問い詰められ、萎縮して次から報告を上げなくなったのを見たことがある。個人を責める前に、まず事実関係だけを止めて確認する。それが、記録に疑義が出たときの初動として自分がまとめているポータルにも書いてある型で、社内で何度か教わってきた考え方でもある。感情ではなく手順で動くと決め、まずは深呼吸をひとつした。
原本を動かさず保全した
最初にしたのは、疑わしい成績書の原本をその場でスマホで撮影することだった。紙の記録は上書きできないはずだが、後から「書き直したほうがいい」と誰かが親切心で直してしまう可能性はゼロではない。品質記録の管理を定めた国際規格ISO 9001(JIS Q 9001)も、記録を意図しない変更から保護するよう求めている。撮影したデータはその日のうちに品証共有フォルダの読み取り専用領域へ移し、更新日時が変わらないことを確認した。地味な作業だが、これをやらないと後から「元はどうだったか」を誰も証明できなくなる。
出荷判断をいったん止める
該当ロットは、まだ出荷判定前の状態だった。判定前でよかった、というのが正直な感想だ。もし判定後で出荷済みだったら対応の重さがまったく違う。出荷判断はいったん保留にし、上長へ「記録の信頼性に疑義がある」とだけ報告した。原因が何かはまだ分からない段階だったので、「改ざんの疑い」という強い言葉は使わず、事実だけを伝えるようにした。上長の反応は「よく気づいた」でも「大げさだ」でもなく、「保留の判断でいい、原因が分かったら教えて」という淡々としたものだった。その落ち着き方に、こちらの気持ちも少し楽になったのを覚えている。

影響範囲を数えてみた
次にやったのは、範囲の特定だった。同じ担当者が関わった直近2週間分の検査記録46件を洗い出し、末尾の数字の分布を1件ずつ数えた。結果、7件で同じ癖が見つかった。多いと感じるか少ないと感じるかは人によるだろうが、少なくとも「今回の1枚だけ」ではないことははっきりした。対象ロット・対象期間・件数の3点を紙に書き出してから、ようやく次の話に進める気持ちになった。数えている途中、似た癖の記録が固まって出てくる日があることにも気づいた。月末の出荷が立て込む週に集中していた。

本人に聞く前にやったこと
本人への確認は、最後にまわした。先に、設備側のログと作業日報の時刻を突き合わせた。測定器はデータを自動で吐き出すタイプではなく、目視でダイヤルゲージ(針の動きで寸法を読み取る機械式の測定器)を読んで転記する運用だったため、機械側の記録は残っていない。だが、作業日報の記入時刻を見ると、該当の測定に充てられていた時間が、他の同種の作業に比べて明らかに短かった。1個あたり平均で見ると、通常は3分前後かかる測定が、該当日は1分弱で終わっている計算になった。事実確認の材料をある程度そろえてから、はじめて本人と話す段取りを組んだ。

蓋を開けたら改ざんでなかった
実際のところ、悪意のある改ざんではなかった。忙しい時間帯に3ロット連続で同じ外径の品番が流れてきて、「最初の1個を測ればあとはほぼ同じ値のはず」と思い込み、2個目・3個目は測定を省いて1個目の値を書き写していた、というのが本人の説明である。もちろん省略していい手順ではないし、事実として記録は不正確だった。ただ、それを聞いて、頭ごなしに叱る気にはならなかった。自分も同じ状況に置かれたら、同じ判断をしなかったと言い切れる自信がない。話の途中、本人が「バレると思っていなかったわけじゃない、ただ時間がなかった」とぽつりと言ったのが、今でも印象に残っている。
最初にやって効かなかったこと
実は、この一件の前にも似た兆候はあった。そのときは「省略しないでください」という注意書きを検査台の横に貼るだけで済ませていた。今回、貼り紙を貼ってからの2週間分の記録を見返してみたが、末尾のそろう癖の発生率はほとんど変わっていなかった。貼り紙は目に入っても、忙しい時間帯には効かない。言葉で注意するだけの対策は、今回のような場面では機能しないのだと、遠回りをしてようやく理解した。
個人を責めても再発する
とはいえ、「今後は省略しないように」という注意だけで終わらせたら、同じことがまた起きる。個人の注意力に頼る対策は、繁忙期になると必ず崩れる。以前読んだ『統計学が最強の学問である』に、データのばらつき方そのものが異常のサインになる、という趣旨の話があったのを思い出した。まさに今回も、値そのものより「そろいすぎている」という分布の癖が違和感の出発点だった。個人の意識ではなく、記録の取り方の仕組みを変える方向で考えることにした。
現場に説明したときのこと
仕組みを変える前に、対象の工程を担当する4人に集まってもらい、経緯を説明する場を設けた。「監視されているみたいで嫌だ」という反応が出るかと身構えていたが、実際に出た声は違った。「省略しても大丈夫だと思っていた自分たちの感覚のほうがずれていたかもしれない」という言葉が、意外にも本人以外の口から出た。全数測定の基準を数値で決めるという話には、最初は難色を示す人もいた。繁忙期の実際のロット数を一緒に紙に書き出して検討したところ、思ったより無理のない線に落ち着いた。この場を先に設けたことが、後から仕組みが定着した一番の理由だったと、今になって思う。
実際に変えた3つのこと
実際に変えたのは3つ。1つ目は、複数個を測定する場合、1個ごとに測定時刻を記入する欄を追加したこと。2個目・3個目を省略すると、時刻の間隔が不自然に短くなり、後から見て気づける。2つ目は、月に一度、直近の測定値の末尾の数字をざっと数えて分布を見る簡易チェックを品証側の定例に組み込んだこと。3つ目は、同一品番が連続するときの測定ルールを「連続何個までは全数測定」と数値で明文化し、判断を個人の感覚に委ねないようにしたことだ。3つ目を決めるときが一番揉めた。現場からは「全部測ったら間に合わない」という声も出たが、繁忙期のロット単位を実際に数えたうえで、無理のない上限を一緒に決めた。

半年後、記録を数え直した
仕組みを変えてから半年後、同じやり方で記録を数え直してみた。直近2週間分の45件のうち、末尾がそろっている癖が出たのは1件だけだった。その1件も確認したところ、たまたま実測値が近かっただけで、時刻の記入からも省略の形跡はなかった。7件から1件への変化を、劇的な改善と言うつもりはない。ただ、同じ物差しで数え直せたこと自体に意味があったと感じている。測定時刻の記入欄についても、最初は面倒だという声があったが、半年たった今は特に不満の声を聞かなくなった。

それでも消えない迷い
今も迷っているのは、チェックの厳しさをどこまで上げるべきかという線引きだ。あまり細かく管理しすぎると、現場が「見張られている」と感じて、逆に本当の異常を報告しづらくなる副作用もあると思う。正直、今のやり方が正解かどうかは分からない。月に一度の簡易チェックも、続けるうちにだんだん形だけになっていく可能性は十分にある。そうならないように、たまに担当を入れ替えて数える人自身を固定しないようにしているが、これも様子を見ながら加減を調整している段階だ。ただ、数字の違和感を見過ごさず、かといって個人を犯人扱いしない対応の順番だけは、これからも崩さずにいたいと思っている。
参考書籍
値そのものより、ばらつき方の癖を手がかりにするという見方を教わった1冊。【PR】統計学が最強の学問である データ社会を生き抜くための武器と教養 [ 西内 啓 ]
本記事は筆者個人の体験と運用記録に基づく内容です。数値・規格の解釈は執筆時点のものであり、実際の対応は自社の品質管理体制・規程に従って判断してください。
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