ダッシュボードを入れたのに誰も見なくなった理由

週次の生産会議で、大型モニターに映したダッシュボードを指しながら説明していたのは私だけだった。画面には赤・黄・緑の棒グラフが十八本も並んでいる。誰かが質問してくれるのを期待して間を置いたが、部屋は静かなままだった。

「見てます?」

思わず聞いてしまった。返ってきたのは、気まずそうな苦笑いだけだった。

私は品質保証部の管理職で、部下十人と一緒に検査データの見える化を進めてきた。半年前に導入したこのダッシュボードは、私にとって一番の自信作だったはずだ。年間契約で外部のBIツールを導入し、検査結果や不良率をリアルタイムで表示する仕組みを作った。稟議を通すときは「現場が自分の数字を自分で見られるようになる」と説明し、上長からも期待の言葉をもらっていた。それなのに、半年後の会議室に流れていたのは沈黙だった。

目次

導入初週だけの熱狂

ダッシュボード導入時の設計を示す図
ダッシュボード導入時の設計 ※筆者の運用記録(対象:ダッシュボード導入時の設計・期間:導入時点)

ダッシュボードを立ち上げた三月の初週は、正直に言えば手応えがあった。検査不良率、工程能力指数、クレーム件数、設備稼働率など、思いつく限りの指標を並べた結果、表示項目は十八にのぼった。「これで現場の状態が一目で分かる」と胸を張って説明会を開いたのを覚えている。

説明会の場では活発だった。部下たちは自分のスマホやPCから画面を開き、「これは便利ですね」「ここの数字、昨日より良くなってますね」と口々に感想を言ってくれた。導入初週のアクセスログを見ると、閲覧数は三十件だった。十人の部署にしては上出来な数字だと思っていた。

この時点で私は、もう仕組みは軌道に乗ったと勘違いしていた。契約した年間ライセンス費用のことも頭をよぎったが、初週のこの反応を見て「元は取れる」と胸をなでおろしていたのを覚えている。

アクセスが消えていく

導入後4週間のアクセス数を示す図
導入後4週間のアクセス数 ※筆者の運用記録(対象:ダッシュボードのアクセスログ・期間:導入1〜4週目)

異変に気づいたのは二週目だった。アクセスログの閲覧数が六件まで落ちていた。「まだ新しいツールに慣れていないだけだろう」と、そのときはあまり気にしなかった。三週目、閲覧数は一件。四週目には、とうとうゼロになった。

ゼロという数字を見たときは、さすがに背筋が寒くなった。誰も見ていない画面のために、毎週データを整えている自分の姿が急に滑稽に思えた。それでも私は最初、原因を部下の意識の問題だと考えていた。忙しくて見る余裕がないのだろう、あるいは数字への関心が薄いのだろう、と。

朝礼で改めて「ダッシュボード、見てくださいね」と呼びかけてみた。翌週のアクセス数はやはりゼロだった。呼びかけだけでは何も変わらないという、当たり前の事実にようやく向き合うことになった。

三人しか開けない画面

誰も見なくなった原因の構造を示す図
誰も見なくなった原因の構造 ※筆者の運用記録(対象:部下9人への聞き取り・期間:導入5週目)

五週目に入って、部下に一人ずつ話を聞いて回ることにした。十人のうち一人はこの春から産休に入っていたので、実際に聞けたのは九人だ。会議室ではなく休憩スペースで雑談のように聞いたのがよかったのかもしれない。ここでようやく、自分がどれだけ現場を見ていなかったかを思い知らされた。

一番大きかったのは、アカウントの問題だった。BIツールのライセンスは三アカウントまでしか契約しておらず、開けるのは私と課長級の二人、合わせて三人だけだった。つまり部下十人のうち八人は、そもそもログイン画面すら見たことがなかったのだ。「見てくださいって言われても、アカウントがないので開けません」という声を聞いたとき、返す言葉がなかった。

二つ目の理由は更新頻度だった。「リアルタイム更新」とうたっていたが、実際にデータを入力していたのは私自身で、週に一度、金曜の夕方にまとめて手入力していた。ある部下が「先週の数字がずっと出ていたので、動いていないと思っていました」と教えてくれた。看板に偽りがあったわけだ。

三つ目は指標の多さだ。十八項目のうち、自分の仕事に関係する数字がどれか分からない、という声が複数あった。全体を俯瞰する管理職の視点で作った画面は、現場の一人ひとりにとっては情報の洪水でしかない。ある検査員は「グラフが多すぎて、どれを見ればいいのか探すだけで疲れる」と正直に話してくれた。

四つ目は、そもそも見る機会が仕組みの中に存在しなかったことだ。朝礼にも会議にも「ダッシュボードを開く」という行為が組み込まれておらず、見るかどうかは各自の自主性に委ねられていた。忙しい現場で、自主的に画面を開く人がいないのは当然だった。

原因は一つに絞れなかった。指標過多、更新の実態と説明の食い違い、アカウント制限、仕組みへの未組み込み。四つが重なって、誰も見ない画面ができあがっていた。九人に話を聞き終えたあと、自分の机に戻ってメモを読み返した。どの理由も、聞けば当たり前のことばかりだった。当たり前のことを、導入前の自分は誰にも確かめずに進めていた。

四項目まで絞り込む

ダッシュボード再設計の4ステップを示す図
ダッシュボード再設計の4ステップ ※筆者の運用記録(対象:ダッシュボード再設計・期間:再設計3週間)

作り直すと決めてから、まず数字を削ることから始めた。十八項目あった指標を、不良率・当日のクレーム件数・工程能力指数・設備停止時間の四つまで絞り込んだ。減らした指標が不要というわけではなく、月次の会議資料には残した。日々見る画面と、月に一度深く見る資料を分けただけだ。

更新の仕組みも変えた。週一回、私がまとめて入力する方式をやめ、朝の検査開始前の五分間、持ち回りで班長の一人が数字を打ち込む運用にした。担当が固定されないので特定の誰かに負担が偏らない。五分という時間に収まる項目数まで絞ったのも、この四項目に落ち着いた理由の一つだ。

アカウントの問題は、有償ツールの追加ライセンスではなく、社内で使える共有の閲覧専用シートに作り替えることで解決した。追加費用はかからなかった。部下十人全員に閲覧権限を配り、私と合わせて十一人が誰でもいつでも開ける状態にした。

四項目まで絞り込む過程では、社内で一悶着あった。品質管理を見ている別の課の担当者からは「工程能力指数だけでは片手落ちだ、標準偏差も出すべきだ」と指摘され、一時は五項目に戻すかどうかで悩んだ。結局、標準偏差は月次資料側に回し、日次で見る画面は四項目のまま押し通した。毎日見るものと月に一度深く見るものを分ける、という線引きを崩さなかったのは、今振り返ってもよかった判断だと思っている。

最後に、朝礼のアジェンダに「ダッシュボード確認五分」という項目を正式に加えた。見るかどうかを個人の判断に任せず、仕組みの一部として組み込んだ。ここまでの見直しに三週間ほどかかった。

朝礼五分の効果

再設計の前後(2か月後時点)を示す図
再設計の前後(2か月後時点) ※筆者の運用記録(対象:ダッシュボード運用・期間:再設計前半年〜再設計後2か月)

再設計から二か月が経った。画面を開ける人数は三人から十一人に増え、部下十人のうち九人が朝礼の五分間で画面を確認する習慣になっている。残る一人は聞き取りのときから産休が続いており、復帰後にどうなるかはまだ分からない。本人には、復帰前に一度オンラインで新しい運用を説明しておこうと考えている。

朝礼では大型モニターに映した画面をその場の全員で見るので、この確認はアクセスログには乗らない。ログに残るのは各自が自分の端末から開いた回数のほうだ。そちらも再設計前は月に一回あるかないかだったのが、週九回前後まで戻ってきた。ゼロが四週間も続いた頃には想像もしていなかった数字だ。ただの回数の変化以上に嬉しかったのは、改善提案の場でダッシュボードの数字が根拠として使われるようになったことだ。半年間で一件もなかったのに、再設計後の二か月間で五件出てきた。設備停止時間の推移を見た班長が、「毎週火曜の午後に停止が多い気がする」と気づき、実際に段取り替えの手順を見直すきっかけになった一件は、今でもよく覚えている。

指標を十八から四に減らしたことについては、今も正解だったか分からない部分がある。削った十四項目の中には、月次では拾いきれない変化の芽が隠れているかもしれない。それでも、誰も見ない十八項目より、九人が毎朝見る四項目のほうが、今の現場には合っていると思っている。

振り返ると、私が最初にやるべきだったのは指標の設計ではなく、誰がどうやってその画面にたどり着くかを確かめることだった。ログイン画面の先に何人が立てるのか。そこを見ないまま指標だけを増やしても、画面は誰にも届かない。導入前の自分に会えるなら、真っ先に伝えたい一言がある。その画面、部下は本当に開けるのか、契約前に確かめてから進めた方がいい。

もし同じ失敗を避けたい人がいるなら、一つだけ伝えたい。ツールを選ぶ前に、それを実際に開く人の数を数えてみてほしい。

年間契約の更新時期が近づいたとき、ライセンスを外部BIツールのままにするか、社内の共有シートに完全に移すかで少し迷った。結局、来期も共有シートのまま続けることに決めた。外部ツールの高機能なグラフより、十一人全員が開ける状態のほうが今の部署には合っていると判断したからだ。この判断が正しかったかどうかは、来年また振り返ってみようと思う。

ダッシュボードのような見える化の仕組みづくりは、ものづくりポータルの見える化・IoTを入れたのに改善が回らないにも整理されている。導入を検討している方はあわせて参照してほしい。

参考書籍

アカウントを配り直していた頃に読み返したのが、安藤広大氏の『とにかく仕組み化』だった。個人の意識に頼らず、仕組みとして組み込むという考え方が、朝礼五分の運用を決める後押しになった。

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社内の問い合わせ対応をAIチャットに任せてみて、どこで止まったか: こちらも導入したツールが現場に定着しなかった話。止まった場所は違うが、仕組みへの組み込みが甘かった点は共通していた。

無料のタスク管理ツールを3つ試して、現場に残ったのはどれか: ツール選びの基準を、機能ではなく現場での使われ方から考え直した記録。

本記事は筆者個人の運用記録に基づく体験談です。ツールのライセンス体系や社内のアカウント運用は組織によって異なるため、導入の際は自社の情報システム部門にご確認ください。

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この記事を書いた人

製造メーカーに10年以上。検査員から始めて生産技術・品質保証・品質管理・新規事業開発を経験し、いまは管理職。若手のころの失敗も含めて、現場で見たこと、試したことを書いています。座右の銘は「ピンチはチャンス」

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