- 期間
- 2026年8月、協力会社への定期監査当日から改善後3か月まで
- 対象
- 測定と記録の一部を委託している協力会社1社・検査記録60件のサンプル確認
- 体制
- 品質保証部の管理職として、部下2人と現地監査を担当
- 結論
- 質問の主語を「人」から「仕組み」に変えたら、監査の空気そのものが変わった。
「これ、本当は誰が検査したんですか。」私がそう聞いた瞬間、会議室の空気が変わった。相手は資材担当者から検査員へと目をやり、数秒黙り込んだ。定期監査の残り40分、その空気はとうとう戻らなかった。
その日の帰り道、私はハンドルを握りながら、自分の質問のどこが悪かったのかをずっと考えていた。答えが出ないまま、翌朝の出社時間になった。
年2回の監査で起きたこと
品質保証の管理職になってから、協力会社の監査は私の担当業務のひとつになった。対象は3社、頻度は年2回。今回はそのうちの1社、寸法測定と記録の一部を委託している会社への2回目の監査だった。検査記録を60件抽出し、記載内容と実物の照合をするのがいつものやり方で、部下2人を連れて訪問した。
この会社との付き合いは5年になる。過去の監査で大きな指摘が出たことはなく、私自身もどこかで「この会社は大丈夫」という前提を持って現地に向かっていた。当日の朝も、いつもどおり資料一式をかばんに詰め、車で1時間ほどかけて向かった。
会議室に通されたのは9時ちょうど。相手側は品質担当者と資材担当者の2人、こちらは私と部下2人の3人だった。名刺交換をすませ、いつもどおりの雑談から始めた。空気は悪くなかった。
60件のうち59件は特に問題がなかった。残り1件、検査記録の担当者欄に書かれていた名前と、事前に聞いていた当日の検査員の名前が違っていた。深い意味はなく、確認のつもりで私はそのまま口にした。「これ、本当は誰が検査したんですか。」

質問のあとの40分と、その夜
相手の空気が固くなったのはその直後だった。品質担当者は言葉を選びながら「別の者が最終確認をしています」とだけ答え、それ以上の説明を避けた。私はさらに2つ、3つと似た質問を重ねたが、返ってくるのは短い答えばかりだった。用意していたチェック項目はまだ4つ残っていたが、どれも表面的なやり取りで終わった。
横にいた部下2人も、いつもより口数が少なくなっていた。普段なら現場を見ながら気づいた点を私に耳打ちしてくるのに、この日はメモを取るだけで黙っていた。
私自身、質問を重ねるほど後に引けなくなっていくのを感じていた。ここで話を変えれば、逆に「やはり何かあるのか」と思われる気がして、結局同じ調子の質問を続けてしまった。今思えば、それも悪循環だった。
帰り際、相手の担当者は「また来月にでも」とだけ言い、目を合わせなかった。玄関先で交わした握手も、いつもより一瞬短かった気がした。
社に戻ってから、部下の1人が「あの空気、質問のせいですかね」と聞いてきた。私は「そうかもしれない」としか答えられなかった。その晩、私は監査の記録をまとめながら、あの質問だけが浮いていたことに何度も引っかかった。

あとで分かった記録の実態
翌週、先方の品質担当者から電話があった。あの検査記録は、検査員が最初に測定し、別の担当者が数値を転記したうえで二重チェックする体制の一部で、正式な手順書にも明記されているとのことだった。担当者欄の名前が違っていたのは、転記した側の名前を書く運用だったからだ。不正でも隠蔽でもなかった。
電話口で相手は、少し困ったような声でこう続けた。「監査のときにきちんとご説明すればよかったんですが、あの場では正直、疑われているように感じてしまって」。その一言で、あの日の空気の正体がようやく分かった。
相手はさらに、二重チェックの体制を導入した経緯まで説明してくれた。3年前に別の顧客から指摘を受け、検査員1人の判断だけに頼らない仕組みに変えたのだという。むしろ品質を守るための工夫だった。それを知らずに疑いの目を向けてしまったことが、私にはこたえた。
電話を切ったあと、私はやっと自分の質問の意味に気づいた。「誰が検査したんですか」という聞き方は、記録の仕組みを尋ねているようで、実際には「あなたは嘘をついていませんか」と聞いているのと同じだった。相手が言葉を濁したのは後ろめたさではなく、いきなり疑われたことへの戸惑いだったのだと思う。

正直、監査を何年もやってきて、こんな基本的なことに気づいていなかった自分に少し呆れた。同時に、これまでの監査でも似たような聞き方をしてきたはずだと考えると、背筋が冷えた。
この会社に限らず、他の2社への監査でも、同じような質問をしてきたはずだ。今まで表面化しなかっただけかもしれない。
聞き方をどう変えたか
次の監査までの1か月、私は監査で使う質問のリストを見直した。人を主語にした聞き方をやめ、仕組みを主語にした聞き方へ書き直すのが目的だった。対象になった質問は全部で7つ。たとえば「誰が検査したんですか」は「この記録は何人の手を経て確定しますか」という聞き方に変わった。「本当にこの数値で合っていますか」も、「この数値に疑問が出たとき、誰がどう確認し直しますか」という形にした。
リストを見直すだけでなく、監査の冒頭で「今日は記録の仕組みを一緒に確認させてください」と一言添えることも決めた。部下2人にも同じ言い方を共有し、監査の前日には3人で質問を声に出して読み合わせる時間を作った。
読み合わせの中で、部下の1人から「この聞き方だと、逆に核心を外しませんか」という指摘も出た。もっともな心配だった。仕組みを聞くだけで、個人の技量の問題を見逃すことにならないか、私自身も迷いながらリストを組んでいた。結局、仕組みの質問で違和感が出たときだけ、人に踏み込む質問を続けて用意する形に落ち着けた。
3か月後、同じ会社への監査で新しい質問リストを使った。担当者の反応は前回とはっきり違った。「この記録は何人の手を経て確定しますか」と聞くと、相手は手順書を開いて説明を始め、こちらが聞く前に関連する記録まで見せてくれた。60件のサンプル確認にかかった時間は、前回の2時間から1時間20分に縮んだ。質問の数を減らしたわけではないのに、やり取りの往復が減った分だけ早く終わった。

監査の最後に、先方の担当者から「今日は話しやすかったです」と言われた。お世辞かもしれないが、少なくとも前回のような沈黙は一度もなかった。
帰りの車の中で、部下の1人が「今日は雰囲気ぜんぜん違いましたね」と言った。私も同じことを感じていた。質問の言葉を変えただけで、これほど空気が変わるとは思っていなかった。
今も迷いながら続けていること
仕組みを主語にした質問がいつも正解とは限らない。個人の力量に踏み込んで聞かなければならない場面も現場にはある。ただ、少なくとも「疑いから入る質問」と「仕組みを確かめる質問」は分けて考えるようにしている。今も監査の前夜には、その日使う質問を声に出して読み返す。誰かを責める響きが混ざっていないか、自分の耳で確かめるためだ。
部下10人を見る立場になった今も、この見直しが正解だったと言い切る自信はない。ただ、あの日の40分よりは、確実にましなやり取りができるようになったと思っている。他の2社への監査でも同じ質問リストを使い始めており、今のところ似たような沈黙は起きていない。
1社では、質問リストを使った直後に「うちも記録の運用を見直すきっかけになりました」と先方から連絡が来た。監査する側とされる側という関係が、少しだけ対等な確認作業に近づいた気がしている。
記録に違和感を持ったら、まず仕組みを聞く。人を聞くのはそのあとでいい。監査を担当するようになった人に渡せるものは、今のところこれくらいしかない。
それだけのことだ。
ただ、それだけのことに気づくまでに、私は5年近くかかった。もっと早く気づいていれば、あの日の40分は違う時間になっていたはずだ。今さら悔やんでも仕方がないので、代わりに次の監査で試すことを1つずつ増やしている。
部下2人には、この一件を機に「気になったら仕組みを聞け」と繰り返し伝えている。まだ全員が使いこなせているわけではないが、少しずつ質問の質は変わってきていると感じる。
質問の設計や監査の年間計画については、ものづくりポータルのサプライヤー監査の年間計画と実施のページにもチェックリスト設計の考え方がまとまっている。
参考書籍(PR)
ハーバード流交渉術(フィッシャー&ユーリー)。立場ではなく利害に焦点を当てるという考え方が、質問の主語を人から仕組みに変える発想と重なった。
【PR】
|
|
次に読む
顧客監査の指摘事項をどこまで横展開するか迷った話――監査という場での判断の難しさという点で、今回の話と重なる。
「原因が腑に落ちない」と是正処置報告を差し戻された話――相手との信頼関係が揺れる場面という意味で、続けて読むと重なりが見える。
この記事は筆者個人の経験に基づく記録であり、質問の言い回しを変えれば必ず同じ結果になるとは限らない。監査の進め方や質問項目は自社の品質マネジメントシステムや取引先との取り決めに沿って、責任者の判断のもとで見直してほしい。