- 期間
- 2026年4月3日〜8月28日(客先1社の担当を後輩へ渡した日から、後から書いた1枚が効いているかを数え終えるまで)
- 対象
- プレス加工とめっきの部品を納めている客先1社の品質窓口の担当。引き継ぎ資料を作らず、2週間の同席だけで渡した
- 体制
- 品質保証の管理職である私と、品証に来て3年目の後輩。客先とのやり取りは営業の担当者を通す
- 結論
- 同席で渡るのは「2週間に起きた事」だけで、起きなかった事が6週間で3件抜けた。資料なしはやめ、起きなかった事だけを8行の紙に書く形に戻した。
私の机は、品証の部屋の窓側の列のいちばん奥にある。左の袖机は3段で、3段目の引き出しにだけ鍵が付いている。中にはクリアファイルが2冊と、客先から預かった限度見本板が3枚、名刺が数枚。どれもプレス加工とめっきの部品を納めている客先1社のもので、管理職になってからも、この1社だけは私が品質の窓口を持ち続けていた。2026年4月3日の金曜の夕方、この引き出しの中身を、隣の島にいる後輩の机へ運んだ。
後輩は自分の袖机の3段目を空けて、クリアファイル2冊と見本板3枚と名刺を、私の引き出しにあったのと同じ並びで入れた。鍵は、同席が終わる日に渡すことにしていた。
運んだのは中身だけで、引き継ぎの資料は作らなかった。作らないと決めたのは、その前の週だ。
資料を作らなかった理由
理由は3つあった。1つ目は時間で、3月の終わりは客先監査の準備が重なっていて、引き継ぎ書を書く半日がどうしても取れなかった。2つ目は、自分が受け取った側の記憶だ。この客先の担当を前任者から受け取ったとき、12ページの引き継ぎ書をもらったが、開いたのは最初の1回だけで、あとは隣の席で聞くほうが早かった。3つ目は、後輩が品証に来て3年目で、出荷検査も成績書も一通り自分でやれる人だったことだ。
それなら、2週間だけ全部の作業を一緒にやれば足りる。そう考えて、4月6日の月曜から4月17日の金曜まで、この客先に関わる作業をすべて後輩と2人でやることにした。4月20日の月曜からは後輩が1人でやり、私は聞かれたら答える。上司には「同席2週間で渡します」とだけ伝えた。「紙は」と聞かれて、「要らないと思います」と答えた。上司は少し間を置いて、「まあ、君が言うなら」と言った。
紙を書かないぶん、時間は同席に使う。当時の私は、それを引き継ぎの手抜きではなく、置き換えだと思っていた。
同席の2週間で渡したもの
2週間の作業を、あとで数えた。出荷検査が6回、そのたびに成績書を1通ずつ作って同梱したので6通。客先から営業の担当者を経由して来た電話が3件で、中身は納期の確認が1件、図面の版の確認が1件、成績書の記載の問い合わせが1件だった。6回の出荷検査は、めっきの光沢と寸法を見て、後輩が判定して私が横で見る形で回した。判定の食い違いは0回だった。
初日の4月6日は、朝の9時から出荷検査が1回あり、私は検査台の斜め後ろに立っていた。後輩の手つきに口を挟む場面は無く、成績書の客先名の綴りを1か所直しただけで、午前中が終わった。2日目からは、私が横にいる意味が薄いと感じ始めていた。
後輩は、成績書の書き方も、客先の受入検査の担当者の名前も、電話の受け方も、2週間で覚えた。私のほうも、教え漏れは無いと感じていた。4月17日の金曜、鍵付きの引き出しの鍵を後輩に渡して、同席を終えた。「何かあったら聞きます」と後輩は言い、私は「たぶん無いと思う」と返した。
教える側が満足する2週間だった。
ただ、この2週間に流れた品番は白のめっきが4回、灰色のめっきが2回で、月1回しか流れない品番の出荷は0回だった。

5月12日、最初の催促
4月20日から後輩が1人で回し始めて、3週間は何も起きなかった。連休が明けて1週間たった5月12日の火曜、営業の担当者から私の内線が鳴った。「先方の購買から、先月分のPDFがまだ来ていないと言われているんですが」。
この客先には、出荷ごとに紙で同梱する成績書とは別に、前月分の成績書をまとめて1つのPDFにして、月初の3営業日以内に購買の担当者へメールで送る約束があった。契約書にも納入仕様書にも書いていない。2年前に購買の担当者から電話で頼まれて、私が「いいですよ」と答えただけの、口頭の約束だ。頼まれた理由は、購買の担当者が月次の検収の締めで成績書を1通ずつ探すのに時間がかかるからで、まとめて1つのPDFがあれば、締めの日に開くのは1回で済む。2年間、毎月1日か2日に、私が送っていた。
自分では、作業だと思っていなかった。月初に机に着いたら送る、というだけの習慣で、引き継ぎで渡すものの一覧を頭の中で作ったときにも、上がってこなかった。
3月分のPDFは、同席が始まる前の4月2日に私が送っていた。4月分を送る5月の頭は、もう後輩の期間だった。後輩はこの約束を知らない。私は同席の2週間に、この作業を1回もやっていないので、教えていない。
その日のうちに後輩が4月分のPDFを作って送り、購買の担当者への説明は営業の担当者がしてくれた。後輩は「すみません」と言ったが、謝る側が違う。私は、口頭の約束をもう1つ思い出せないか、机で10分考えて、思い出せなかった。
5月26日の出荷と、6月1日の保留
5月26日の火曜に、月1回の品番が出荷になった。この品番は、めっきの光沢がわずかに落ちる「くもり」が出やすく、3月10日に客先の承認をもらった特採が生きていた。条件は2つで、期限が5月29日まで、対象ロットの成績書に特採番号を書くことだった。
後輩は、特採があることを知らなかった。同席の2週間にこの品番は流れておらず、特採の控えは鍵付きの引き出しのクリアファイルの2冊目の、いちばん後ろに綴じてあった。後輩は出荷検査でくもりを見つけ、検査台にある自社の見本板で見て、合格の範囲だと判定した。成績書に特採番号は無い。
6月1日の月曜の朝、客先の受入検査の担当者から営業の担当者へ、光沢が規格に足りないので受入を保留する、と電話が入った。営業の担当者が私に回してくる。私が特採番号を伝えて、受入は昼過ぎに通った。電話の最後に、受入検査の担当者が「うちの限度見本板で見てもらえましたか」と聞いた。
預かっていた限度見本板3枚は、鍵付きの引き出しの奥に、名刺と一緒に入っていた。後輩は引き出しの鍵は持っていたが、その3枚が客先から預かった物で、この品番の判定に使う取り決めだとは知らなかった。同席の2週間に、3枚を出す場面が無かったからだ。
特採の期限も、5月29日で切れていた。次の出荷が6月の下旬にあるので、6月3日の水曜に、後輩と2人で再申請の書類を作った。書きながら後輩が、「これ、3月の承認のときは誰が書いたんですか」と聞いた。私だ。3か月前に自分で書いた紙の存在を、私は引き出しごと渡して、それで渡したつもりになっていた。

2週間に起きなかった事
6月4日の木曜、抜けた3件を紙に並べた。月初のPDF、特採の条件と期限、限度見本板の置き場。3件に共通しているのは、同席の2週間に1回も起きなかった事だという点だった。
ここで、ようやく腑に落ちた。同席で渡るのは、その期間に起きた作業だけだ。起きた事は、後輩が手を動かしたので体に入る。起きなかった事は、私の頭の中にしか無く、私も「教え漏れは無い」と感じていた。感じていたのは当然だった。
起きなかった事は、教える機会そのものが来ない。
12ページの引き継ぎ書を1回しか開かなかった経験から、私は紙を軽く見ていた。今にして思えば、あの12ページのうち役に立ったのも、起きなかった事が書いてある数行だった気がする。ただ、それが本当にそうだったかは、もう確かめようがない。
3月の私は、引き継ぎに要る時間を半日と見積もって、それが取れないから紙をやめた。抜けた3件で使った時間を足すと、5月12日のPDFで1時間、6月1日の保留の対応で3時間、6月3日の再申請で2時間の、合わせて6時間だった。

後から書いた8行
6月8日の月曜に、1枚だけ紙を書いた。書いたのは、同席の2週間に起きなかった事だけだ。客先との口頭の約束が3行、月初3営業日のPDF、外観で迷ったら出荷前に写真を購買の担当者へ送る、納期の回答は営業の担当者を通す。生きている特採が1行で、番号と条件と、再申請後の期限(6月12日に承認が下りて、8月31日まで)。現物の置き場が2行で、限度見本板3枚と、納入仕様書の原本。合わせて6行、書くのに35分かかった。
書き始める前は、起きなかった事を思い出すのに時間がかかると思っていた。実際は逆で、5月12日から6月3日までに1件ずつ痛い目を見ていたので、3件は勝手に出てきた。時間がかかったのは、その3件の周りにまだ何か無いかを探した20分のほうで、そこで出てきたのが写真と納期の2行だった。
後輩は5分で読んで、2つ聞いてきた。「写真は誰宛てに送るんですか」「再申請は、次からは私が出すんですか」。どちらも私の頭の中では決まっていて、紙には無かった。2行足して、8行になった。
翌日の6月9日、8行の紙を上司にも見せた。上司は読んで、「3月に半日かかると言っていたのは、何だったんだ」と言った。私は答えに詰まる。半日かかると思っていたのは、12ページの引き継ぎ書と同じ物を書くつもりでいたからだ。起きなかった事だけに絞れば35分で済むとは、書いてみるまで分からなかった。この見積もりの外れ方は、いま思い出しても少し恥ずかしい。
8行の紙は、後輩の机のパーティションに、限度見本板3枚は検査室の保管庫に移した。後輩の鍵付きの引き出しに残っているのは、クリアファイル2冊と名刺だけになった。

11週間で0件
6月12日の金曜から8月28日の金曜までの11週間で、客先から「まだですか」「これは何ですか」の類の連絡が来た回数は0件だった。後輩が1人で回し始めた4月20日から6月1日までの6週間は、5月12日と6月1日の2回で、抜けは3件だった。
数えるまでは、もっと多かった気がしていた。
11週間のあいだに、8行の紙に書いた事が実際に起きた回数も数えた。月初のPDFが6月、7月、8月で3回、月1回の品番の出荷が6月23日、7月14日、8月18日の3回で、どちらも後輩が特採番号を成績書に書き、限度見本板で判定していた。写真を先に送る場面は1回。合わせて7回で、私に聞きに来たのは0回だった。
引き継ぎ資料を作らずに渡す、というやり方は、それで止めた。ただ、3月に書けなかった半日の資料に戻ったわけでもない。書いたのは8行で、35分だ。起きた事は同席で渡り、起きなかった事は紙で渡す。この分け方が正しいと言い切れるほどの回数ではないが、少なくともこの客先については、6週間で3件が11週間で0件になった。
これから同じことをする人に1つだけ言うなら、引き継ぎ書に書くのは、同席の期間に起きなかった事にしたほうがいい。起きた事のほうは、書かなくても渡る。

辞書のほうで同じ場面を引くと、ものづくりハンドブックのA20 品証担当の交代・年度替わりの引き継ぎには、引き継ぎ書を顧客対応・特採履歴・治具と見本・進行中案件の4区分で作る、と書いてある。移行期間とセットにする、とも書いてある。私が落とした3件は、そのうち顧客対応と特採履歴と治具と見本の3区分にきれいに散っていた。移行期間だけを取って、書面のほうを取らなかった形だ。
参考書籍(PR)
6月に紙を書く前の週末、スティーブン・R・コヴィー『7つの習慣』を開いた。緊急ではないが重要な事を後回しにすると、あとで緊急の側から取り立てられる、という区分けの話がある。3月の私は客先監査の準備を先に取って、引き継ぎ書の半日を落とした。落としたぶんは5月と6月に、催促と受入保留という緊急の形で戻ってきて、6時間かかった。半日と6時間を並べてみると、どちらが高くついたかは数えるまでもない。
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後輩に品質保証の仕事を引き継ぐとき、最初に渡した3枚 — 配属初日の朝に、検査基準の早見表・不適合の連絡ルート・相談していい人の一覧の3枚だけを渡し、同じ質問が前回の後輩の週9回から週3回に、独り立ちが3か月から1か月になった記録。受け入れる側の話で、今回の渡す側と対になる。
異動してきた後輩と、初めて意見がぶつかった日にしたこと — 出荷判定が割れた18日目の朝から、現物5点を並べて限度見本の使い方をすり合わせ、判定の割れが3週間で2回から2週間で0回になった記録。数値より先に、基準がどう運用されてきたかを揃えるという結論は、今回の口頭の約束の話と同じ場所を指している。
免責: 本記事は筆者個人の経験に基づく記録です。引き継ぎの方法は業務の内容と相手によって変わります。件数と時間は自社の記録から数えた値であり、実際の進め方は各社の状況に合わせてご判断ください。