金曜の夜7時、事務所に残っていたのは私ともう一人だけだった。来週のQCサークル発表会に向けて、パワーポイントのアニメーションを直している。文字が横からスライドインする速度を0.3秒から0.5秒に変え、また戻し、結局最初の設定に落ち着いた。改善テーマは「工程内不良の削減」だったはずなのに、その日のノートに書いたのは「グラフの色をティール系に統一」という一文だけだ。隣の席では新人のメンバーが、同じスライドの影の濃さを何度も調整していた。
金曜19時、スライドに沈む
私が事務局を務めていたQCサークルは、樹脂部品の成形ラインで働く6人のグループだった。テーマは「バリ取り工程での不良流出を減らす」というもの。四半期に一度、社内の発表会でテーマの成果を発表する決まりになっている。発表会には他部署の部長が審査員として並び、持ち時間は1グループ8分、質疑応答が2分。資料の出来が講評コメントに直結するため、いつからか「見栄えのいい資料を作ること」自体が現場の目標になっていた。
私自身、資料作りは嫌いではなかった。むしろ得意なほうで、周りから「今回のスライドもきれいですね」と言われるのが素直にうれしい。だからこそ、金曜の残業がスライドの微調整に使われていることに、しばらく気づかなかった。むしろ「時間をかけた分だけ良い発表になる」と、疑いもせず思い込んでいたと思う。
時間の使い方に出た偏り
気づいたきっかけは単純だった。月末に自分の残業申請を見返していて、直近3回の発表準備で使った時間を数えてみたのだ。1回目は資料作成に6時間、現場での改善実施と記録づけに1.5時間。2回目は資料作成7.5時間、記録づけ1時間。3回目にいたっては資料作成9時間、記録づけ45分。3回分を合計すると準備の残業は25時間45分で、うちスライド関連が22時間30分を占めていた。改善そのものにかけた時間ではなく、改善を「発表する形に整える」時間だけが、回を追うごとに増えていく。

極めつけは、3回目の発表直前にメンバーの一人から出た一言だった。「このグラフ、先月の数字のままですけど直さなくていいんですか」。差し替えを忘れていたのは私で、しかもグラフの体裁を整えることに時間を使いすぎて、中身の数字が古いままだと誰も気づいていなかったのだ。発表2日前の夜、慌ててデータを取り直しながら、自分が何のために残業しているのか分からなくなった。

まず変えてみたこと
最初にやったのは単純な時間制限だ。「資料作成は合計3時間まで」と自分にルールを課し、キッチンタイマーをセットして作業する。効果はあったが、長くは続かなかった。理由は次の発表会での審査員のコメントにある。「今回は資料がシンプルすぎて、努力が伝わりにくい」と言われたのだ。悪気のない一言だったと思うが、私はそれを「もっと作り込め」という指示として受け取ってしまい、次の回にはまた8時間コースに戻っていた。
次に試したのは、社内の他のQCサークルが使っていたテンプレートをそのまま流用する方法だった。ゼロから作る手間は減ったものの、今度は「テンプレートに数字を当てはめるだけの発表」になり、メンバーから「自分たちの活動という感じがしない」と不評だった。三つ目に、資料作成が得意な後輩に丸ごと任せてみたこともある。結果として後輩の残業だけが増え、本人から「これ、自分の仕事じゃない気がします」と言われて数週間でやめた。時間を削るたびに、そのつど別の何かを削ってしまっていたことになる。
審査基準に映っていた本音
4つ目の試行錯誤で、ようやく原因らしきものに行き着いた。過去2年分、8回分の発表会の審査シートを、事務局の権限で見返してみたのだ。点数配分は「改善効果」「発表の分かりやすさ」「資料の完成度」の3項目で、配点はそれぞれ40点・30点・30点。数字だけ見れば効果が一番重い設計になっている。ところが実際の得点を並べると、資料の完成度の点数が上位3割に入ったグループは、8回中6回で総合順位も上位3割に入っていた。効果の点数が中くらいでも資料が丁寧なグループが、効果の点数が高くても資料が素っ気ないグループを上回った回も2回あった。

審査員も人間なので、短い8分の発表の中では「伝わりやすさ」が印象を左右しやすい。それ自体は責められることではないが、発表する側の私たちは、その傾向を無意識に学習して「資料を磨けば評価が上がる」という行動を強化していたのだろう。制度が悪いというより、制度が返してくる反応に私たちが素直すぎたということだ。
もう一つの原因、発表会の空気
審査基準だけが原因ではなかった、とも思っている。発表会の後には毎回、他部署のリーダー同士で「今回はどこどこの資料がきれいだった」という雑談が出る。改善の中身よりも、資料の話題のほうが場が盛り上がりやすい。悪気のない世間話のつもりで交わされる一言が、次の準備期間にはメンバーの意識に残っていく。原因を審査基準だけに求めてしまうと、この空気の部分を見落としてしまうところだった。数字に出ない要因ほど、後から効いてくるものらしい。実際、審査シートの配点を変えた後も、雑談自体はなくならなかった。ただ、雑談の話題が「資料」から「対策の中身」へ少しずつ移ってきたのは、配点を変えてから半年ほど経った頃に気づいた変化だ。
資料を3時間で止める運用へ
原因が見えてから、変えたのはルールの中身ではなく、ルールを守れなかったときの逃げ道の作り方だった。「資料作成は3時間まで」というルール自体は前と同じだが、今回は3時間を超えた分の作業を、発表の冒頭で正直に申告する運用に変えた。「今回は3時間で止めたので、グラフは前回のテンプレートのままです」と最初に言ってしまう。そう決めてしまえば、審査員のコメントを気にして作り込みを再開する誘惑が減る。
あわせて、メンバー内の役割も分けた。データ集計とグラフ化は入社2年目のメンバーに任せ、私は発表原稿と質疑応答の想定だけに集中する。分担してみると、資料全体の出来はむしろ前より粗くなったが、発表の中身、つまり「何をどう変えて、数字がどう動いたか」を説明する部分は前より詰まった内容になった。テンプレートを丸ごと使う代わりに、グラフだけはテンプレート、コメント欄は毎回書き直すという折衷案にも落ち着いている。

審査シートの配点も変えてみた
自分の運用を変えるだけでは、次のグループがまた同じ道をたどると思った。そこで事務局として、審査シートの配点見直しをQCサークル推進委員会に提案してみた。提案内容は「改善効果」を40点から55点に上げ、「資料の完成度」を30点から15点、「発表の分かりやすさ」も30点から15点に下げるというもの。代わりに「対策の実施記録(写真やデータの推移が残っているか)」を新設して15点を割り当て、合計は100点のまま据え置いた。委員会では「資料が雑になるのでは」という懸念の声も出ている。それでも過去2年分の得点データを示して議論した結果、次期から試験的に採用されることになった。
採用が決まった日、委員のひとりに「よく数字まで持ってきたね」と言われた。感覚だけで訴えていたら、たぶん通らなかった提案だと思う。次の発表会からは、実施記録として現場写真をA4用紙2枚にまとめて提出する形式が加わった。パワーポイントを開かなくても、スマートフォンで撮った写真と手書きのメモをそのまま貼るだけでよい形式にしたので、資料に沈む時間そのものを減らす効果もねらっている。
QCサークルで変わったこと
運用を変えて迎えた次の発表会では、資料作成にかけた時間は合計3時間15分、改善の記録づけと原因分析に使った時間は3時間だった。以前の回と比べると、資料と改善活動の時間配分がほぼ逆転した形になる。総合順位は前回より一つ下がったが、審査コメント欄には「対策の効果が数字で追えて分かりやすかった」という一文が初めてついた。順位よりも、その一文のほうが私には収穫だ。

今も、発表前日になるとつい資料を触りたくなる衝動はある。この運用が正しいのかどうか、正直まだ分からない。ただ、資料に沈んでいた金曜の夜が、今は現場の記録を読み返す時間に変わったことだけは、はっきり言えると思う。同じように発表資料に時間を溶かしている人には、まず「資料作成の上限時間」を1つだけ決めて、超えた分は正直に申告してしまうことをすすめたい。
QCサークルの運営そのものの型を見直す場面では、ものづくりポータルの「A6 改善提案・小集団活動(QCサークル)の運営」も参考にしている。審査基準の設計や発表会の進め方など、事務局側の実務を整理する際の道しるべとして読み返しているページだ。
参考書籍
審査基準や会議の設計を考え直す過程では、遠藤功さんの『見える化』と、安宅和人さんの『イシューからはじめよ』を読み返した。前者は現場の異常や本音を可視化する視点、後者は「本当に解くべき問い」をどう見極めるかという視点を与えてくれた本だ。
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次に読む
「5S点検表が『点をつけるだけ』になっていたのを直した話」 — チェック項目が形だけ残ってしまう構造は、今回のスライド偏重と根っこが似ている。仕組みが目的化する場面の別バージョンとして読み比べてほしい。
「形骸化していた品質会議を立て直そうとしてみた話」 — こちらは会議そのものが報告会になっていた話。QCサークルの発表会と同様、「本来の目的」と「その場を回すこと」がすり替わる過程を扱っている。
※本記事は筆者個人の経験に基づく内容です。QCサークルの運営方法や評価基準は職場によって異なります。導入の際は自社の制度に合わせてご判断ください。