検査基準書の限度見本を作り直した3週間

期間
2026年6月1日〜6月19日(作り直しの3週間。効果の確認は7月3日まで)
対象
樹脂成形品の外観検査基準書に付いている限度見本(キズ・白化・ゲート残りの3項目)
体制
品質保証の管理職である私と、検査員3人、成形の現場リーダー1人
結論
限度見本を「合格側と不合格側の2個1組」に作り直してから、検査員3人の判定の割れは30個中8個から1個に減った。

透明のチャック袋に入った成形品が、検査台の引き出しに1個だけ入っていた。袋のラベルは黄ばんでいて、「限度」の2文字と、5年前の日付。中の成形品は白いはずの色が少し飴色に変わっていて、肝心のキズは、袋の上から見てもどこにあるのか分からない。袋を開けて蛍光灯にかざすと、ようやく側面に細い線が見えた。これが、うちの外観検査基準書に付いている限度見本のすべてだった。

1個。それも合格か不合格か、袋のどこにも書いていない。

目次

30個を3人に見せた朝

引き出しを開けることになったきっかけは、5月28日の客先からの問い合わせだった。返品ではない。「この程度のキズは御社では合格ですか」という、基準を聞く電話だった。私は基準書を持って答えようとして、基準書の文章が「軽微なキズは可」としか書いていないことに気づいた。軽微の境目は、あの袋の中の1個だけが知っている。電話の相手は写真を送ると言ってくれて、届いた写真のキズは、蛍光灯にかざしてやっと見えた袋の中のキズと、私の目には同じくらいに見えた。同じくらい、としか言えない自分が嫌だった。

週明けの6月1日、朝礼の前に隔離箱から30個を選び、検査員3人に別々に判定してもらった。同じ30個を、同じ検査台で、順番に。結果は8個で判定が割れた。キズで4個、白化で3個、ゲート残りで1個。3人とも自分の判定に理由があって、その理由がそれぞれ違った。

その場で作り直しを決めた。期限は3週間と切った。長引くと、割れたままの判定で出荷が続く。

3週間の見取り図

先に全体の段取りを紙に書いた。1週目は不合格品の山から候補を集める。2週目は項目ごとに見本の組を作り、写真を添える。3週目は検査員と一緒に照合して、基準書を改訂する。紙にすると簡単に見えたし、実際、段取りそのものは最後まで変えなかった。書いた紙は検査室の壁の、引き出しの真上に貼った。通るたびに目に入る位置で、検査員の1人には「期限が見えると気が重い」と言われている。それでも剥がさずにおいた。

変わったのは中身の方で、見本を何個の組にするかと、どの角度で見るかは、始めてから決め直している。

限度見本を作り直した3週間の段取り ※筆者の運用記録(対象:外観検査基準書の限度見本・期間:2026年5月28日〜7月3日)
限度見本を作り直した3週間の段取り ※筆者の運用記録(対象:外観検査基準書の限度見本・期間:2026年5月28日〜7月3日)

最初に困ったのは、不合格の側ではなく、合格の側だった。

1週目、合格品が残っていない

月曜日からの1週目は、隔離箱と不良品置き場を回って候補を集めた。不合格品は集まる。1週間で62個。キズ、白化、ゲート残りの3項目に分けて、それぞれ「これは誰が見ても不合格」という物を選ぶのは難しくなかった。

難しかったのは、限度ぎりぎりで合格になる方の見本だった。合格品は出荷されるので、残らない。隔離箱に入っているのは不合格だけで、検査台の脇に「これは合格」と置いてある物もなかった。当たり前のことなのに、集め始めるまで気づかなかった。水曜日の昼に出荷前の箱を開けて探してみたが、出荷品はどれもきれいで、境目に近い物は見つからない。きれいな物しか出ていない証拠でもあるので、それ自体は悪い話ではなかった。

候補62個から見本6個まで ※筆者の運用記録(対象:キズ・白化・ゲート残りの見本候補・期間:2026年6月1日〜12日)
候補62個から見本6個まで ※筆者の運用記録(対象:キズ・白化・ゲート残りの見本候補・期間:2026年6月1日〜12日)

6月4日の夕方、成形の現場リーダーに相談して、条件を少し振って成形してもらった。射出の圧力と型温を通常から外して、キズや白化がわざと出やすい状態で数ショット。圧力を落とすと白化が、型温を上げるとゲート残りが狙って出せた。キズだけは搬送のときに付く物なので、こちらは隔離箱から選ぶしかない。出てきた物の中から、ぎりぎり合格に見える物を私が選んだ。リーダーには「不良を作ってくれと頼まれたのは初めてだ」と笑われた。

金曜日の時点で、候補は3項目で12個。これを組にする作業が、次の週の仕事になる。

2週目、5段階をやめた

6月8日からの2週目は、候補を並べて組を作った。初めの案は、項目ごとに5段階の見本を並べる形だった。段階1が良品、段階5が明らかな不合格で、境目を段階3と4の間に置く。教科書的な形で、私はこれでいけると思っていた。

水曜日に検査員の1人に並べた見本を見せたら、段階3と段階4を手に取って、「この2つ、どっちが3ですか」と聞かれた。裏返して番号を見ないと、彼女には分からなかった。私にも、正直、袋の番号なしでは分からなかった。

5段階はその日にやめた。境目を細かく刻むほど、境目の両側が似てくる。見本に要るのは境目の両側だけで、間の段階は判定の役に立たない。

組は、項目ごとに合格側1個と不合格側1個の2個1組に決めた。3項目で6個。袋のラベルは白い紙に印刷し直して、「合格側」「不合格側」の文字を大きく入れ、日付と項目名を添えた。現物のほかに、定規を並べて撮った写真を印刷して、袋の裏に貼っている。写真は現物が飴色に変わったときの保険で、色ではなくキズの形と大きさを残すためのものだ。撮るのは検査台の上で、窓からの光が入らないように段ボールで囲い、蛍光灯だけで撮った。白い紙の上に置くとキズが飛んでしまうので、下敷きは灰色の紙にしている。この撮り方も、袋の裏に短く書いた。

5段階案と2個1組の違い ※筆者の運用記録(対象:限度見本の組み方・期間:2026年6月8日〜12日)
5段階案と2個1組の違い ※筆者の運用記録(対象:限度見本の組み方・期間:2026年6月8日〜12日)

組を作って安心していたが、3週目の照合で、まだ割れが残った。

3週目、照明の角度

6月15日、新しい見本を検査台に置いて、最初と同じ30個を検査員3人にもう一度判定してもらった。割れは3個。8個から減ったが、0ではない。

ゲート残りは、見本を置き換えただけで割れが消えた。キズも4個から1個に減った。残った3個の内訳は、白化が2個とキズが1個。白化は表面の白っぽい曇りで、正面から見ると見えにくく、斜めから見ると強く見える。検査員ごとに、成形品を持つ角度が違っていた。見本の側は同じでも、見る側の角度がそろっていなかった。

6月18日、検査台の天板に、成形品を置く位置と向きを示す線をテープで引いた。黄色いビニールテープで、幅は指1本分。検査員の1人は「目印があると楽です」と言い、もう1人は「今までどうやって見てたんだろう」と言った。見本もその線に合わせて置く。判定する物を見本の隣に、同じ向きで置いて、同じ角度から見る。それだけの対策で、翌日の再判定は割れが1個に減った。残った1個はキズで、検査員の2人が「見本のキズよりわずかに短いが、深い」と迷った物だった。

この1個は、基準書に「深さは見本を上限とし、長さより深さを優先する」と1行足して、不合格に寄せた。6月19日に基準書を改訂して発行し、古い袋の1個は捨てずに「参考」と書いて引き出しの奥に戻した。

3週間でかかったもの

私の作業時間は、候補集めと組作り、照合、基準書の改訂を合わせて14時間ほど。検査員は3人がそれぞれ2時間、成形の現場リーダーは条件を振ったショットに半日をくれた。物にかかった費用は、チャック袋とラベル用紙と写真の印刷で、月数千円程度の消耗品費の中に収まっている。

効果の確認は、7月3日にもう一度やった。6月1日とは別の30個を選び、同じ3人に判定してもらって、割れは1個。項目は白化で、線に合わせて置いても迷う程度の物だった。迷った検査員は、見本を2個とも手に取って、判定する物を間に置いて見比べていた。その見比べ方が、私の欲しかった形だった。

検査員3人の判定の割れと工数 ※筆者の運用記録(対象:同じ30個を検査員3人が判定した結果と作り直しの工数・期間:2026年6月1日〜7月3日)
検査員3人の判定の割れと工数 ※筆者の運用記録(対象:同じ30個を検査員3人が判定した結果と作り直しの工数・期間:2026年6月1日〜7月3日)

2個1組にしたことで、判定の理由も変わった。以前は「なんとなく」が理由の半分を占めていたが、今は「合格側の見本より深い」「不合格側の見本より短い」と、どちらの見本に寄っているかで説明できる。客先からの問い合わせにも、見本の写真を添えて答えられるようになった。5月の電話の相手には、改訂した基準書と写真を送って、「御社の写真のキズは合格側の見本より浅い」と書いた。返事は短く、「了解しました」だけだったが、あの電話のときの、同じくらいとしか言えなかった感じは残らなかった。

正直に書くと、白化の判定が今の形で来年まで持つかどうかは分からない。夏と冬で照明の入り方が変わるし、見本の現物も、いつかまた飴色になる。写真を貼ったのはそのためで、次に作り直すときは、5段階を試す前に2個1組から始める。

引き出しの中は、今は白いラベルの袋が6個と、黄ばんだ袋が1個。黄ばんだ方を捨てなかったのは、あの頃の自分たちが何を境目にしていたかを、あとで見比べられるようにしておきたかったからだ。

作り直しの話はここまでで、できあがった見本を日々どう保管して照合するかは、また別の手順になる。そちらはものづくりハンドブックのM14 限度見本・現物基準の現場運用にまとめてある。

参考書籍(PR)

判定の境目を検査員の感覚に残さず、工程の側で決めきる考え方は、佐々木眞一『トヨタの自工程完結』が扱っている。見本を2個1組に絞る判断の後ろには、この本の「自分の工程で良し悪しを決める」という言い方がある。

【PR】

次に読む

特採を出すかどうかで一番迷った日の話 — 規格上限を0.03ミリ超えた寸法を特採で通し、恒久対策として刃物の交換周期を前倒しした記録。境目の値を後から説明できる形で残す点が、今回の見本の写真と同じ役割にあたる。

少量多品種化、検査のやり方を組み替えた3週間 — 抜取検査の基準を3段階から2段階へ簡略化し、表を貼る前に1日現場に立ってから配ると決めた記録。作った基準を現場に渡すときのつまずき方が近い。

免責: 本記事は筆者個人の経験に基づく記録です。限度見本の作り方や外観の判定基準は製品と客先の要求で異なります。件数は自社の検査台で数えた値であり、実際の運用は各社の基準に合わせてご判断ください。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

製造メーカーに10年以上。検査員から始めて生産技術・品質保証・品質管理・新規事業開発を経験し、いまは管理職。若手のころの失敗も含めて、現場で見たこと、試したことを書いています。座右の銘は「ピンチはチャンス」

目次