この記事は、よくある場面をもとにした事例です(2026年9月に事例として書き直しました)。
- 場面
- 外観検査の限度見本が古い袋の1個だけになり、たとえば同じ30個を検査員3人に見せると判定が8個で割れる場面
- 対象
- 樹脂成形品の外観検査基準書に付く限度見本(キズ・白化・ゲート残り)
- 使うもの
- 項目ごとの2個1組の見本、定規を添えた写真、検査台に引く置き位置の線
- 要点
- 見本は境目の両側だけを残し、見る角度を線で、見る条件を基準書でそろえる
外観検査の限度見本は、項目ごとに合格側1個と不合格側1個の2個1組にする。判定する物を見本の間に置き、検査台に引いた線で置く向きと見る角度をそろえると、検査員ごとの判定の割れが減る。
限度見本は、合否の境目を現物で示す見本だ。日本品質管理学会の品質管理用語(JSQC-Std 00-001:2023)は学会規格で、JIS ではない。その 10.7 は限度見本を、数値で測りにくい検査・確認の項目で、適合か不適合かの品質の限界を示した例と定めている。
多くの解説では、標準見本は目指す良品の姿、限度見本は合否の境目、不良見本は明らかな不合格を示す見本として分ける。この記事の2個1組は、境目の両側に合格側と不合格側を1個ずつ置く作り方だ。
定義の細かい違い、有効期限、承認の範囲、規格との関係は、限度見本とは:定義・種類・有効期限の決め方・承認の範囲と規格での扱いにまとめた。
見本が1個しかないと、それが合格なのか不合格なのかさえ人によって読み方が変わる。以下、候補の集め方、組の作り方、置き方、基準書への書き足し方を載せる。
見本が1個だけだと起きること
たとえば検査台の引き出しに、黄ばんだ袋に入った成形品が1個だけ入っている。袋には「限度」の文字と5年前の日付があり、合格側か不合格側かは書いていない。成形品は飴色に変わり、キズは蛍光灯にかざしてやっと見える。基準書の文章は「軽微なキズは可」だけだ。
この状態で客先から「この程度のキズは合格ですか」と写真つきで聞かれると、答えの根拠が「同じくらいに見える」しか無い。作り直す前に、いまの割れを数えておく。隔離箱から30個を選び、検査員3人に同じ検査台で別々に判定してもらう。割れた個数を項目ごとに書いておけば、作り直したあとに同じ30個で比べられる。
作り直しは3週間で段取りを切る
長引くと、割れたままの判定で出荷が続く。段取りは次の3つに分け、紙に書いて検査室に貼る。
| 週 | やること |
|---|---|
| 1週目 | 不合格品の山と成形の条件出しから、項目ごとの候補を集める |
| 2週目 | 項目ごとに2個1組を作り、定規を添えた写真を撮る |
| 3週目 | 同じ30個で検査員と照合し、置き方を決めて基準書を改訂する |
合格側の見本は残っていない
候補を集め始めると、不合格側はすぐ集まる。隔離箱と不良品置き場を回れば、1週間で数十個になる。困るのは、限度ぎりぎりで合格になる側だ。合格品は出荷されるので、手元に残らない。
合格側は、成形の現場リーダーに頼んで条件を振って作ってもらう。射出の圧力を落とせば白化が、型温を上げればゲート残りが狙って出せる。キズは搬送で付くものなので、隔離箱から選ぶしかない。出てきた物から、ぎりぎり合格に見える物を品質保証が選ぶ。
5段階より2個1組
項目ごとに5段階の見本を並べ、段階3と4の間に境目を置く形は、教科書的に見える。並べてみると、段階3と段階4は、袋の番号を見ないと区別がつかない。境目を細かく刻むほど、境目の両側が似てくる。
段階見本が合う分野もある。IEC 62715-5-3(フレキシブル表示デバイスの画質と欠陥の目視評価)は、限度見本と比べる方法と、段階見本の一組と比べる方法の両方を定めている。この記事が扱う合否判定の外観検査では、私は2個1組を勧める。
判定に要るのは境目の両側だけだ。組は項目ごとに合格側1個と不合格側1個とし、3項目なら6個になる。袋のラベルは次のように作る。
- 「合格側」「不合格側」の文字を大きく入れ、項目名と日付を添える。
- 定規を並べて撮った写真を印刷し、袋の裏に貼る。現物が変色しても、キズの形と大きさは写真に残る。
- 写真は窓の光を段ボールで遮り、蛍光灯だけで、灰色の紙の上で撮る。白い紙の上ではキズが飛ぶ。撮り方も袋の裏に短く書く。
- 古い見本は捨てずに「参考」と書いて残す。以前の境目と見比べられる。
見る角度を線でそろえる
見本を置き換えても割れが残るときは、見る側の角度を疑う。白化は表面の白っぽい曇りで、正面からは見えにくく、斜めからは強く見える。検査員ごとに成形品を持つ角度が違えば、見本が同じでも判定は割れる。
検査台の天板に、成形品を置く位置と向きを示す線を黄色いビニールテープで引く。見本もその線に合わせて置き、判定する物を見本の隣に同じ向きで置いて、同じ角度から見る。迷ったら、見本を2個とも手に取り、判定する物を間に置いて見比べる。
たとえば作り直す前に30個中8個で割れていたのが、2個1組にして3個、置き位置の線を引いて1個まで減る、という進み方になる。ゲート残りのように見本を替えるだけで割れが消える項目もあれば、白化のように角度をそろえないと割れが残る項目もある。
見る条件も基準書に書く
見え方を変えるのは角度だけではない。次の項目は見る条件として決めておき、どれも基準書に書く。
- 光源の種類(蛍光灯、LED、窓の光など)
- 照度(作業面の明るさ)
- 距離(目と成形品のあいだ)
- 角度(検査台の線でそろえる)
- 見る時間と休憩(続けて見る長さ、休む間隔)
- 背景(成形品の下に敷く物の色)
- 見本の置き方(見本も同じ線に合わせて置く)
照度などの数字は、出所の適用範囲を確かめてから使う。
- JIS Z 8723(表面色の視感比較方法)は、塗装物・染色物・印刷物などの色の見比べが対象で、キズや白化の判定を対象にした規格ではない。
- 労働安全衛生規則 第604条は、精密な作業の作業面を 300 lx 以上と定める。就業場所の最低基準で、検査の条件を決める数字ではない。
検査の条件は、客先の指定があればそれに合わせる。指定がなければ自社で決め、決めた値と理由を基準書に書く。
残った1個は基準書の1行で寄せる
最後まで割れる物は、見本の「どちらに寄っているか」で言葉にできないものが多い。たとえば「見本のキズより短いが深い」という物だ。こういう物は、基準書に1行足して、どちらかに寄せる。
キズの深さは合格側の見本を上限とし、長さより深さを優先して判定する。
2個1組にすると、判定の理由も「なんとなく」から「合格側の見本より深い」「不合格側の見本より短い」に変わる。客先からの問い合わせにも、見本の写真を添えて答えられる。
異動・新人・応援で新しく判定に入る人が来たときは、基準書を説明する前に、短い確認を入れる。過去に判定が済んでいる現物を数点選び、見本の組を手元に置いて、合格か不合格かだけを先に答えてもらう。理由はこちらがあとから足す。先に判定だけを出してもらうと、基準書の文章をどう読んだかではなく、現物をどう見たかが分かる。
過去の判定と答えが違った物は、割れを数えたときと同じように、項目ごとに書き留める。そのうえで違った物ごとに、見る角度や置き位置の線で直る物か、基準書の言葉で寄せる物かを分ける。新しい人の判定で、見本の置き方や基準書の言葉の足りない所が見つかることもある。
作り直しにかかる手間と、次の見直し
手間の目安は、品質保証の担当が候補集め・組作り・照合・基準書の改訂で2日ほど、検査員が照合に1人2時間ほど、成形は条件を振るショットに半日ほどだ。物はチャック袋とラベル用紙と写真の印刷で足りる。
照合の結果は、全員の判定が一致した個数の割合(一致率)で数える。たとえば30個のうち3人の判定が割れた物が8個なら、一致は22個で約73%になる。割れが1個まで減れば、29個で約97%だ。数字は説明用の例で、実測値ではない。
一致率のほかに、偶然の一致を引いたκ(カッパ)係数もある。ただし値は判定の片寄りで上下する。
- 合格が大多数のように片寄ったデータでは、一致率が同じでも κ は低く出る。
- 評価者のあいだで合格を出す割合が違うと、一致率が同じでも κ は高く出る。
- κ の値をどこから十分とみなすかは、この記事では決めない。目安は職場で決める。
3人で30個なら、私は割れた個数と一致率を数えるところまでにする。
作り直したら、1か月ほどあとに別の30個で同じ照合をもう一度する。夏と冬で照明の入り方が変わり、見本の現物もいずれ変色する。私なら、次に作り直すときも5段階は試さず、2個1組と写真から始める。
限度見本は、2026年の4〜9月のあいだに客先と決め直したことがある。きっかけは、見本の劣化だった。私は見本を作り直して更新し、あわせて有効期限と保管の仕方を決めた。
出典:次の資料は、2026年10月23日に開いて確かめた。
- JSQC-Std 00-001:2023 品質管理用語(日本品質管理学会、10.7)
- JIS Z 8723:2000 表面色の視感比較方法(1. 適用範囲)
- 労働安全衛生規則(第604条、e-Gov 法令検索)
- Byrt, Bishop, Carlin「Bias, prevalence and kappa」(Journal of Clinical Epidemiology、1993年)と、その説明を載せた京都大学 教育学研究科のゼミ資料「評定者間信頼性」(評価者2人の例)
- IEC 62715-5-3:2017(IEC のページで概要を確認)
- 解説記事(二次、標準見本・限度見本・不良見本の分け方):SAIAS・金属加工後工程ナビ・evort
見本を1組ずつ1行で登録し、有効期限と点検の記録を残す台帳を、ものづくりポータルの限度見本の管理台帳(Excel)に置いた。
参考書籍(PR)
判定の境目を検査員の感覚に残さず、工程の側で決めきる考え方は、佐々木眞一『トヨタの自工程完結』が扱っている。見本を2個1組に絞る判断は、この本の「自分の工程で良し悪しを決める」という考え方と重なる。
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免責: 本記事は、製造現場でよくある場面をもとにした事例と、書式・手順の作例です。数値は説明のための例です。限度見本の作り方や外観の判定基準は製品と客先の要求で異なります。実際の運用は各社の基準に合わせてご判断ください。