パトロールの残り時間はあと五分だった。指摘リストにはすでに十一件が並んでいる。目の前には十二件目、検出センサーがわずかに傾いている装置がある。この場で直すべきか、記録に回すべきか、即断を迫られる場面だった。相方の班長は何も言わず、私が口を開くのを待っていた。
即答できなかった。以前から私は、この手の場面で何度も立ち止まってきた。パトロールという仕事は、指摘を見つけるところまでは案外簡単だ。難しいのは、見つけたあとにどう扱うかを決めることだった。
工程パトロールは、品質保証部の管理職になってから引き継いだ仕事だ。週に一度、製造フロアを歩いて回り、気づいた点をその場で指摘する。部下十人のうち、この日程に付き合うのは班長一人だけで、あとは通常の検査業務に入っている。指摘したあとどうするかについては、長らく自分の中で基準が定まっていなかった。
毎回全部直していた頃

パトロールを始めた当初、私は見つけた指摘をできる限りその場で解決しようとしていた。「気づいたことは気づいたときに直す」というのが自分なりの信条だった。治具の緩み、表示ラベルの色あせ、作業台の私物の置きっぱなし。目についたものから順に、担当者を呼んでその場で直させていた。
この方式は、最初のうちは効果があるように見えた。パトロール後のフロアはいつも見違えるように整っていた。担当者を呼び止めては「ここ直しておいて」と声をかけ、その場で作業を止めて対応させる。フロアがきれいになっていく様子を見るたびに、自分の仕事がうまくいっている気がしていた。ただ、時間はどんどん延びていった。予定では四十五分のパトロールが、二時間近くかかる日も珍しくなかった。
ある日、生産ラインの担当者から「パトロールのたびにラインを止められると、月末の目標に届かなくなる」と直接言われた。声のトーンは静かだったが、こちらとしては胸に刺さる一言だった。悪気があって止めていたわけではない。むしろ良いことをしているつもりだった。それでも、私が良かれと思って続けてきたやり方が、別の場所にしわ寄せを生んでいた。指摘の質が良くても、それを押し通す進め方が乱暴だったのだと、このとき初めて気づかされた。
四十五分で十二件

まず、自分たちの制約を数字で洗い出すことにした。パトロールに使える時間は一回四十五分、歩けるのは私と班長の二人だけだ。制度を見直す前の三か月分の記録を見返すと、一回あたりの指摘件数は平均十二件で、多い週は二十件を超えることもあった。
四十五分、二人、十二件。この三つの数字を並べたとき、ようやく分かったことがある。すべてをその場で直そうとすれば、一件あたりにかけられる時間は四分足らずしかない。四分で片づくこともあれば、部品の手配や設備の停止を伴い、半日がかりになることもある。その違いを考えずに、目についた順から手をつけていたのがそもそもの間違いだった。
『ザ・ゴール』を読み返したのは、ちょうどこの頃だ。工場の生産性を上げる話のはずが、読みながら頭に浮かんでいたのはパトロールの光景だった。制約条件を無視して全部を同時に良くしようとすると、結局どこも良くならない。パトロールの四十五分もまた、一つの制約なのだと腹落ちした。
四つの基準を決める

制約を認めたうえで、その場で直すか記録して後日に回すかを判断する基準を作ることにした。部下二人と一緒に、過去の指摘リストを見ながら話し合い、次の四つに絞り込んだ。
一つ目は安全リスクの有無。人がけがをする可能性があるものは、他のどんな条件よりも優先してその場で対応する。二つ目は次工程への流出リスク。不良や誤品がこのまま次の工程、あるいは客先に流れてしまう恐れがあるかどうか。三つ目は修正にかかる時間の目安で、五分以内で終わるかどうかを線引きにした。四つ目は、稼働中のラインを止める必要があるかどうかだ。
基準を決めた翌週、さっそく試してみた。安全カバーが外れたままの箇所を見つけたときは迷わなかった。安全リスクありと判断し、その場で作業者に声をかけて即座に取り付け直させた。所要時間は二分だった。判断に迷わなかったこと自体が、基準を作ったことの一番の効果だったのかもしれない。以前の自分なら、迷いながらも同じ対応をしていたはずだが、今回は迷う時間そのものがなかった。
一方で、表示ランプの色が薄れかけている程度の指摘は、安全にも流出にも直結しないと判断し、記録に回した。この線引きは、思っていたより早く現場にも馴染んでいった。
迷ったセンサーの案件

基準を作っても、すべてが機械的に割り切れたわけではない。冒頭の検出センサーの傾きは、その中でも一番迷った案件だった。
結論から書くと、私はその場で直さなかった。
傾きは目視でわずかに分かる程度で、すぐに検出不良を起こすようには見えなかった。安全リスクはない。ただ、次工程への流出リスクという点では、判断が割れた。相方の班長は「多分大丈夫でしょう」と言ったが、私は「多分」という言葉に引っかかった。
結局、残り時間では正確な調整ができないと判断し、記録に回すことにした。ただし通常の記録とは分け、翌朝一番で確認するという条件をつけた。この判断が正しかったのかどうかは、今も完全には分からない。翌朝の確認では実際にわずかな検出漏れが起きていたことが分かり、記録に回したこと自体は結果的に正しかったが、五分粘ってその場で調整していれば半日分の検出漏れは防げていたかもしれない、という思いも残っている。
この一件以来、「多分大丈夫」という言葉が出た指摘は、記録に回すにしても必ず翌朝までの確認をセットにする、という運用を追加した。基準は四つのままだが、運用の細部はこうして少しずつ増えていった。相方の班長とは、その後この件について何度か話をした。「あのとき五分粘っていたら」と彼が漏らしたことがあったが、私は「粘っていたら別の指摘を見落としていたかもしれない」と返した。どちらが正しいという結論は、今も出ていない。
三か月後の内訳

基準を運用し始めてから三か月がたった。この間のパトロールは十二回、指摘の総数は百四十四件になった。内訳は、その場で直したものが五十八件、記録して後日対応したものが八十六件だ。その場で直した五十八件のうち、安全リスクを理由にしたものは十九件で、残りの三十九件は五分以内で終わる軽微な修正だった。
記録した八十六件については、三か月後の時点で完了が六十二件、対応中が十八件、保留が六件という内訳になっている。保留の六件はいずれも、部品の生産終了や設備更新のタイミングと合わせて対応する予定のもので、放置しているわけではない。記録簿にはそれぞれ理由を一行添えるようにしており、月末に班長と見返す時間も設けている。記録から完了までにかかった日数は、平均すると九日だった。正直、想定していたよりもかなり短く収まっている。
手応えが変わったのは、時間の使い方だった。
パトロールにかかる時間も、四十五分の枠にほぼ収まるようになった。以前のように二時間近くかかることは、この三か月で一度もない。生産ラインの担当者からの「止めないでほしい」という声も、この三か月は聞いていない。先日、廊下ですれ違ったときに「最近のパトロール、テンポがいいですね」と声をかけられたときは、正直ほっとした。以前は顔を合わせると身構えられていたのが、少しずつ変わってきている気がする。
それでも、この仕組みが完成形だとは思っていない。基準の四つ目、稼働中のラインへの影響という項目は、担当者の主観に左右されやすく、もう少し具体的な線引きが必要だと感じている。ある担当者は「軽微な影響」と言い、別の担当者は同じ状況を「大きな影響」と言うことがあり、この揺れをどう埋めるかはまだ答えが出ていない。センサーの一件のような、判断が割れる案件は今後も出てくるはずだ。そのたびに、四つの基準に立ち返りながら、少しずつ運用を直していくしかないと思っている。
指摘の山を前に立ち止まっている人へ渡せるものがあるとすれば、それは基準そのものではなく、基準を作る前にやった作業のほうだと思う。使える時間、動ける人数、平均の指摘件数。この三つを紙に書き出したところから、私の場合は動き始めた。
基準を四つに絞ったこと自体、正解だったと言い切るつもりはない。ただ、何も基準がなかった頃に比べれば、迷う場面を迷うべき場面だけに絞れるようにはなった。迷いを完全になくすことが目標ではない。迷う回数を減らし、迷ったときにきちんと立ち止まれるようにすることが、今の私にとってのゴールだ。
工程パトロールそのものの回し方は、ものづくりポータルの層別工程監査(LPA)・工程パトロールの運用に手順としてまとめてある。基準づくりより先に運用の型を整えたい場合は、そちらが早い。
参考書籍
『ザ・ゴール』はエリヤフ・ゴールドラット氏による小説仕立てのビジネス書で、工場の制約条件をどう扱うかが主題になっている。全体を同時に良くしようとする前に、まず制約を認める。その順番が、四十五分という枠と向き合う土台になった。
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現場パトロールが形だけになりかけて、やり直した話: パトロールという仕組み自体をやり直した記録。今回の「何を直すか」の前段にある「そもそも回っているか」の話にあたる。
特採を出すかどうかで一番迷った日の話: 同じく判断基準を後から作り直した経験を書いている。迷いを残したまま決めるという点が今回と重なった。
ここに書いたのは筆者個人の運用記録です。判断基準の置き方や優先順位は、事業所の設備・製品によって変わります。自社の品質保証体制に合わせてご検討ください。